R[ever free]6 - takaci  様


第6話        紅の花


「はあ・・・はあ・・・」


息を切らしながら夜の救急病棟に入っていく淳平。


その右手には先ほど買ったばかりの真新しい携帯電話がしっかりと握り締めている。





経済的に厳しい上にそれほど必要と感じていなかった携帯電話だが、つかさと再び付き合うことになり、そのつかさからの強い要望もあって淳平はようやく買った。


もちろん最初に掛けた相手はつかさだが、なかなか繋がらない。


そしてつい先ほどようやく繋がったのだが、その最初の通話はつかさの泣き声が伝える『とても悲しい知らせ』だった。










「ううう・・・トモコぉ・・・うう・・・」


地下1階の廊下に出てすぐ、泣き暮れる年輩の男女、女子高生たちとすれ違った。


(たぶんトモコちゃんの両親と、友達・・・)


信じられない現実をまざまざと突きつけられ、胸が痛む。


「淳平くん・・・」


「あ、つかさ!?」


呼ばれて振り向くと、腕に包帯を巻き目を真っ赤にしたつかさの姿があった。





つかさの側にも両親が付いていた。


淳平は緊張しながら挨拶を済ませると、つかさの両親は気を遣ってくれたのか、上のフロアに上がって行った。


「つかさ、怪我は!?」


「あたしはかすり傷程度。でも、トモコが・・・えっ・・・」


泣き出すつかさ。


「ここ?」


淳平が前にある扉に目を向けると、つかさは黙って頷く。


二人は『霊安室』と書かれた扉を開け、中に入っていった。










薄暗く、ひんやりとした部屋は線香の香りが漂っている。


そして部屋の中央にあるベッドに、顔に白い布を掛けられた長い髪の女性の姿・・・


淳平はゆっくりと近づき、顔の上に置かれた布をめくる。










「トモコ・・・ちゃん・・・」










淳平とトモコはそれほど面識はない。


初めて会ったのは京都の修学旅行の時で、それ以降はつかさとよりを戻してから数回顔を合わせた程度である。


だがそれでもトモコの印象は強く、『元気でいい子だなあ』と会うたびに思っていた。





そんなトモコが今、目の前で変わり果てた姿で横たわっている。


(あのトモコちゃんが死んだなんて、俺信じられないよ)


一報を受けた直後はそう思っていたほどだが、


先ほどすれ違った両親および友人の姿、


そして目の前にある安らかな顔、










否応なしに辛い現実を叩きつけられた。










「トモコ・・・あたしをかばってくれた・・・」


「大きな車が・・・あたしに向かって・・・すごいスピードで突っ込んできて・・・」


「あたし怖くって・・・固まっちゃって・・・動けなくって・・・」





「じゃ、じゃあその車は、つかさを狙って突っ込んできたってこと?」


新たな驚きが淳平を襲う。





「あたし・・・分からない・・・全然・・・心当たりない・・・」


「なのに・・・なんで・・・こんな事になっちゃったの・・・」


悲しみがつかさから力を奪う。


その場で膝を付き、泣き崩れた。


「つかさ!」


淳平も腰を落とし、両手でつかさの肩を支える。


「何で・・・あたしが・・・狙われるの?」


「何で・・・トモコが・・・死ななきゃならないの?」


「あたしも・・・死んじゃうの?」





「バカな事言うなよ!つかさは死なない!俺が死なせない!!何が何でも守ってみせる!!」


淳平はそのまま背中に手を回し、きつく抱きしめた。





「淳平くん・・・怖いよお・・・」


淳平の腕の中でつかさは震えながら泣きじゃくる。


とてつもない恐怖がもたらした震えと涙は、簡単には止まらない。





淳平はただじっと抱き続けた。


ただ、そうするしか出来なかった。


それと共に、自分が大切な恋人を狙う『見えない敵』に対してあまりにも無力なことを痛感させられていた。



























「真中!つかさちゃんが狙われてるって本当か!?」


数日後の朝、外村は血相を変えて真中に問いただす。


「あ、ああ。つーかどこで知ったんだ?この事はまだそれほど・・・」


「俺の情報網を舐めんな!かわいい女の子に関する事は逐一入って来るんだ!」


(こいつ・・・すっかり復活しやがったな・・・)


美鈴の死はシスコンの毛がある外村には大きなショックであり、かなり塞ぎ込んでいたが、今目の前にいる外村はすっかり『美少女オタク』に戻っていた。


外村の復活をうれしく思う反面、やや呆れる淳平。


「なんでつかさちゃんが狙われなきゃならないんだ?知ってること詳しく話せよ!?」


「あ、ああ・・・」


二人は場所を変え、淳平は事のあらましを説明した。











「・・・じゃあ、つかさちゃんの友達が代わりに轢かれて、犯人はおろか轢いた車も見つかってないんだな?」


「ああ。轢いたのは4駆のごっつい車で、前にグリルガードって言う車体を守る棒が付いているみたいなんだ。そのせいでトモコちゃんはほぼ即死。しかも車の痕跡は全く無いんだ」


「ブレーキ痕は?」


「それもない。つーか加速しながら突っ込んできてるんだぜ?」


「おいおい、それじゃあマジでつかさちゃん殺すつもりで・・・」


「ああ・・・」


二人の間に重苦しい空気が流れた。





「真中、ひょっとして全部繋がってるんじゃないか?」


「ど、どういう事だよ?」


「ちなみちゃん、美鈴、北大路に小宮山、そして今回つかさちゃんが狙われた。みんな俺たちの周りの人物だ」


「それは感じてるよ。僅かの間に俺たちの周りの人間がたくさん死んでる」


落ち込む淳平。


「だから全部繋がってるんだよ」


「おいおいちょっと待てよ!端本は偶然であって・・・」


「偶然じゃなくって、誰かに何らかの方法で殺されたんだよ。で、そいつが美鈴、北大路、小宮山の3人を殺し、つかさちゃんを襲った際にかばったトモコちゃんを殺したんだ」


美鈴の死で相当落ち込んだ外村だったが、『小宮山に殺された』と言う警察の見解は全く信じていない。


外村の頭脳は悲しみに流される事無く、事件全体を新たな視点から見つめなおしていた。





「確かにそう言われれば・・・でもなんで俺たちが?」


淳平には命を狙われるほどの恨みを買ったりする覚えは全くない。


「それは分かんねえ。でも俺たちの周りに犯人に繋がってる奴はいるはずだ」


「俺たちの周り・・・」


外村の言葉は淳平の心に新たな衝撃を与えていた。
























そして放課後、


塾に向かわずにまだ校内に残る綾の姿。


淳平から聞いた『衝撃の事実』は綾の心に更なる大きな不安を与えていた。


(何で西野さんが襲われるの?それで西野さんの友達が死んだって・・・)


(北大路さん、小宮山くん、それに西野さん・・・)


(いったい誰が?何のために?)


姿の見えない犯人に対する恐怖心が湧き上がる。


一人で外に出る事にためらいが生まれ、それが綾をまだ校内に留まらせていた。










「あ、天地くんだ」


周りに人がいない校舎の影で、周りを気にしながら携帯で話している天地の姿を見つけた。


(天地くんと一緒に塾に行ければ安心かな・・・)


そう思い、ごく自然に足が天地へと向かう。










だが・・・


「じゃあこれから真中と西野の二人を?・・・  わかった。今度は失敗するなよ?」





(えっ?)


天地らしくない厳しい口調で話すこの会話を聞いた瞬間、綾の足が止まった。





「今度こそきちんと仕留めろよ。・・・   ・・・    ああ、川で見つかった二人の時のような仕事を期待している」


天地はそう話して携帯を切ると、





「綾さん、どうしたんですか?」


背を向けたまま、いつもどおりの優しい口調で語りかけた。










「天地くん、ひょっとして・・・」


天地の言葉を聞いた瞬間、嫌な予想が駆け巡る。


怯えた目で尋ねる綾。










「・・・そうだ。僕が仕組んだ事さ」


天地は向きを変え、いつもどおりの爽やかな笑顔を綾に見せる。





綾の『嫌な予感』が的中した。


「な・・・なんで?   何で天地くんが!?」


天地に対し『優しい男子』というイメージを持つ綾には大きな衝撃であり、にわかに信じられない。





「北大路くんと小宮山、この二人には悪い事をしたと思っている。だが西野くんに関しては綾さんもそう願っているんじゃないかな?」


天地はポケットからビニール袋に入った小さな容器を取り出した。


「そ、それは!!!」


綾の目は更なる驚きで大きく見開き、両手で口を覆う。


「申し訳ないが、僕が『ある所』に綾さんの家を調査させたんだ。そしたら庭の土の中からこれが出てきたんだよ。端本くんを死に追いやった『死の粉』がね」


「そ、そんな・・・」


「そしてこの事が、美鈴くんに繋がった・・・」


「あ・・・   あ・・・   」


大きな驚きと怯えが重なり、言葉が出ない綾。


「そんなに怯えなくてもいい。僕は誰にも言わないよ。そもそもこの二つの事件はもう片付いているんだからね。それに僕も一緒だ。僕の手も、もう血に染まっている」


「な、何でなの?  何で天地くんが・・・ねえ何でなの?  教えて!!」


綾は改めて天地を問いただした。





「綾さんが西野くんに対し抱いている感情、それと同じものを僕は真中に抱いている。それに綾さんの願いも叶えてあげたい。でも行動をおこすのが少し遅かったようだ。綾さんにこんな事をさせてしまうとは・・・僕の責任だ・・・」


「じゃ、じゃあさっきの電話は!?」


「真中は最近、塾に行かずに彼女に付いている。今頃は『鶴屋』というケーキ屋にいるだろう。二人を同時に狙うにはちょうどいい」


天地は表情を変えずに冷静さを保っている。


「お願いやめて!!真中くんも西野さんも関係ない!!」


「あの二人がいるから綾さんが苦しむんだ。二人とも居てはならない存在なんだよ」


「違う!!真中くんも西野さんもいい人!!真中くんはあたしの大切な人!!大好きな人なの!!だから!!!」


綾は必死の形相で天地に頼みこんだが、


「真中が綾さんを惑わしてるんだ。一時的に辛いだろうけどこの方が綾さんの為になるんだ。だからいくら綾さんの頼みでも、これだけは譲れない」


優しい口調ではあるが眼光は鋭く、どす黒い。





「違う・・・そんなの間違ってる!!」


目に涙を溜めた綾は天地に背を向け、その場から駆けて行った。










天地は引き止めなかった。


ただ綾の背中をずっと目で追っていく。





(いまさら行った所で、もう間に合わないよ)





(それにいくら真中でも、今の綾さんは受け入れられない)





(汚れた者は汚れた者同士、結び付くのが一番なんだ)





(綾さん、あなたもそう感じているんじゃないのか?)





























綾は走った。


全力で走った。





(お願い、間に合って!!)





(神様お願い・・・)





(間に合えば・・・あたし死んでもかまわない・・・)





(だから真中くんを・・・二人を守って!!)





もう淳平の側にはいられないと、綾も感じ取っていた。


だがそんな事はもう関係ない。










ただ救いたい・・・










その想いのみが綾を突き動かしていた。










体力がない綾には長距離の全力疾走はとても辛く、激しい呼吸をしても息は追いつかない。


苦しみはもう限界に近い。


だが目的地の鶴屋は目と鼻の先である。


最後の力を振り絞った。










そして・・・










疲労でやや霞み始めた綾の目は、鶴屋の前で談笑する淳平とつかさの姿を捉えた。





(間に合った・・・)


綾の顔がほころぶ。





だが次の瞬間・・・










いくらコンタクトをしているとはいえ、もともと視力が弱い綾には見える距離ではない。


だが綾の目には確かに映っていた。










遠くに霞むビルの上から、淳平らを狙う人影。










「真中くん!!西野さん!!」




















「「ん?」」


呼びかけられた二人とも、駆けて来る綾の姿を捉えた。


「東城さん、あんなに慌ててどうしたんだろう?」


首をひねるつかさ。


「おいおい東城、上履きのままじゃないか!?」


淳平は何かしらの異常を感じ取った。





「早くどこかに隠れて!!」


必死に叫ぶ綾。





「隠れる?」


「東城、いったいどういう・・・」



「いいから早く・・・えいっ!!」


綾は側に駆け寄ると、そのままの勢いで二人とも店の脇へと突き飛ばした。


「きゃっ!?」


「うわっ!?」


二人は思いもしなかった綾の行動に対応出来ず、そのままもつれ合うようにして倒れこむ。


「と、東城・・・いきなり何するん・・・」


淳平の言葉は、そこで言葉は止まった。















(花・・・いや違う!?)










(血だ!!!)











一瞬、綾の左胸に真っ赤な花が咲いたように見えた。


そしてそれが綾の鮮血だと気付くと、淳平の顔は急速にに歪んでいく。










「と・・・東城おおおおお!!!!!」




















綾には全て見えていた。


二人を突き飛ばすと同時にビルの上から放たれた『光』。


それは一瞬で綾の左胸を貫いた。


そして胸に激しく熱い痛みを感じながらも、ビルの上の影が消えた事を確認した。





綾には『殺意』が『影』となって見えていた。





(良かった・・・これでもう大丈夫・・・)





(それに・・・あたしは・・・これでいい・・・)










(このまま・・・死ねば・・・いい・・・)





そう思いながら、綾の身体はアスファルトの上に崩れ落ちた。





















「きゃーーーーーっ!!!!!」


「何が起こったんだ!!??」


「誰か早く救急車を!!女の子が倒れたぞお!!!」


鶴屋の前は一気に騒然となる。


その中心で仰向けに倒れる綾の周りには鮮血の海が広がっていく。





「東城!!」


「おい坊主危ないぞ!!またどっかから弾が・・・」


「うるせえ!!」


周りの制止を無視し血の海へと駆け出していく淳平。


そして綾の身体を抱きかかえた。










「東城!!しっかりしろ!!東城!!!!」





綾の身体を支える腕にべっとりと付く鮮血。





これが淳平に大きな絶望感を与える。










だが諦めない。





信じない。





信じられない。





絶望を振り払うかのごとく、淳平は必死の形相で綾の名を呼び続ける。















「ま・・・な・・・か・・・くん・・・」










うっすらと綾の目が開いた。










「東城!!しっかりしろ!!東城!!!!」










「最期・・・に・・・    まなか・・・  くん・・・   うで・・・   の・・・    なか・・・   」










「あ・・・た・・・   し・・・     し・・・   あ・・・    わ・・・       せ・・・     」




















「東城・・・    おい東城・・・   おい!     おい!!    おい!!!!!」










どんなに呼びかけても、綾はもう応えない。

























「はは・・・なんだよ・・・ これってドッキリかよ?」















「こんな街中で・・・銃で撃たれるなんて・・・信じられるわけないだろ?」















「なあ東城・・・これって演技なんだろ?演技が上手いのは分かったからもう目を開けてくれよ?」















「東城・・・演技だって言ってくれよ!?」















「東城!! もう一度目をあけてくれ!!!」















「東城の綺麗な歌声!!!もう一度聴かせてくれえ!!!!!」




















「東城!!!!!東城!!!!!  とおじょおおおおおおおお!!!!!!!!」

























「うわあああああああああああああああああああああああ・・・・・・・・・・・・・・」

























慟哭する淳平の腕の中で、

























綾は微笑みながら・・・




















静かに息を引き取った・・・

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