R[ever free]3 - takaci 様
第3話 悪魔の悪戯
泉坂高校では、綾は結構目立つ存在である。
まああれだけの美少女なのだ。目立たないほうがおかしい。
そんな綾が、夏休み明けから皆に苦しむ姿を見せていた。
原因はもちろん失恋であり、そのショックは今でも引きずっている。
そのせいか時折おかしな行動を見せる事もしばしばで、それがドジ発生→激しく謝るというお決まりのパターンに繋がっていた。
綾の周りもそれを分かっており、『今はそっとしておこう』というのが共通の見解だった。
今日の綾は、いつにも増して挙動不審だ。
周りは『失恋のショック』と思い、特に突っ込まなかったが、
それなりの理由があった。
(何であたし、こんなものを・・・)
スカートのポケットに忍ばせてある小さな容器。
それを握り締めながら授業を受ける綾の鼓動は、いつにも増して激しかった。
放課後。
綾は急ぎ足で映研の部室である指導室に駆け込んだ。
誰も居ない部室の扉を閉め、大きく息をつく。
そしてポケットに忍ばせていた小さな容器を取り出した。
(・・・こんなの・・・持ってちゃダメ・・・)
3センチほどの容器に入っている透明の液体を綾は怯えた眼でじっと見つめる。
『シアン化カリウム溶液』
俗に言う『青酸カリ』である。
ひょんな事で綾はこの劇物を誰にも知られる事がないまま手に入れてしまった。
綾にとって、いや一般人にとっては無縁のものであり、手に入れることはまずない。
たとえ手に入れたとしても、怖くて持っていられないだろう。
無論綾も同じく、心優しい綾がもっていられるはずが無かった。
だがこれを見た瞬間、綾の中に潜む『悪魔の心』が目覚めてしまった。
(これを上手に使えば・・・)
(上手に使って・・・事故に見せかけるか・・・第3者の手に見せるか・・・)
(上手く使って・・・巧妙に使って・・・西野さんを・・・)
(西野さんが居なくなれば・・・あたしが真中くんを・・・)
目の前に差し出された『悪魔の鎌』
綾はそれを手にしてしまった。
それにより目覚めた『悪魔の心』は、心優しい少女を暴走させようとする。
だからといって、計画はまだ出来ていないのだ。衝動的には行動を起こさない。
(練りに練って、計画に隙がないか調べて・・・ばれたら全てが終わっちゃう)
(でもふとした状況でチャンスが出てくるかもしれないと思って忍ばせてたけど・・・)
(これを持つのはとても辛い。使う前にあたしがダメになっちゃう・・・)
小さな容器に入っている量はごく僅かだが、これで多くの命を奪えるのだ。
持ち続けるだけで心に大きな負担が掛かり、たった1日で綾の神経は相当参っていた。
(家に置いておこう・・・やっぱりこんなの持ってられないよ・・・)
(そもそも・・・西野さんを亡き者にしようって考えが間違ってる。そんな考え持っちゃダメだよ・・・)
(あたし・・・最低の女だな・・・)
激しい自己嫌悪が襲う。
この時、容器を持った右手が力なく垂れ下がった。
その瞬間、手からこぼれ落ちる。
「あっ!」
容器は部屋の隅に置かれた机の上に落ち、
蓋が壊れた。
「ああっ!!」
机の上に『死への液体』が広がっていく。
(大変!!早く処理しないと・・・)
綾の心は激しく動揺する。
まずポケットティッシュを取り出し、広がった溶液を丁寧に拭き取った。
(でもこれだけじゃあダメ。青酸カリなんてそう簡単には拭き取れない・・・)
(それに容器が・・・どこに行っちゃったんだろ?)
落とした容器が見当たらないのだ。
必死になってあたりの床を凝視する。
(で、でもその前に机の上を処理しないと!)
(トイレにある漂白剤で解毒が出来るから、何かに染み込ませてこの机を拭いて、あとあたしの手も処理しないと・・・)
(みんなに怪しまれないように・・・落ち着いて・・・)
(トイレはすぐそこ。 大丈夫、すぐに終わる・・・)
綾は自分に言い聞かせるように心を落ち着かせて、静かに部室から出て行った。
誰も居ない部室
もともと人が居るほうが少ない部屋であり、その光景には特に違和感はない。
だが隅に置かれた机の上には、目に見えない『死の扉の鍵』が置かれている。
ガラッ
「え〜っと、確かこのあたりで・・・」
部室にちなみが入ってきた。
落し物をしたのか、机の周りをきょろきょろ見回している。
「あっ・・・あったあ!」
机の隅に落ちていた小さなペンダントを拾い上げた。
「へへっ。これって高く売れるんだよねえ」
小悪魔的美少女が薄ら笑いを浮かべる。
ちなみは部活に参加する気はないので、そのまま部室から出て行こうとするが、
「あれ・・・これって?」
「なあんだ10円かあ。しかも汚いし・・・こんなのいらないっ!」
扉の側に落ちていた10円玉を拾い上げると、一目見てからぽいっと捨てた。
そして何事もなかったかのように部室から出て行く。
捨てられた10円玉は転がっていき、部屋の隅の埃の中へ・・・
汚れと酸化でくすんでいた表面は、ちなみの親指が触れていた部分のみ輝きを取り戻していた。
そしてしばらく後、
綾は天地とふたりで校舎から出る。
ちなみが部室に進入した事を知らない綾はトイレから持ってきた漂白剤で机の上を解毒し、
一旦は見失った容器を見つけ出して鞄の奥底に仕舞い込み、
考えられる全ての痕跡を消してから部室を後にした。
そして塾に向かうのだが、ここ最近は天地と一緒に通っている。
当然の事だが、天地の攻勢は勢いを増していた。
だがそれでも綾の心はなびかない。
綾の目には淳平以外の男の姿は写っていないのだ。
天地も薄々は感じ取っていた。
それが次第に淳平に対する劣等感と憎しみの心に変わっていく。
淳平から綾を勝ち取るつもりだったのが、淳平がつかさを選んだ事で結果的に『与えられる』格好になり、しかもどうあがいても落とせないのだ。
天地のプライドはずたずたになっていた。
「何だ?あの騒ぎは・・・」
「???」
校門を出てすぐ、二人の目に泉坂の生徒による大きな人だかりが飛び込んできた。
「うわあああ!!ちなみちゃーーん!!」
「ちなみちゃん返事して!!返事してえええ!!!」
「救急車ああ!!救急車あああ!!」
ちなみの親衛隊らしき男たちが必死の形相で叫んでいる。
「何があったんだ!?」
天地の表情が変わり、人込みに駆けて行く。
綾もそれに続いた。
人込みを掻き分け入っていく二人。
そして眼に飛び込んできたのは・・・
「ひいっ!?」
綾の顔が引きつる。
自販機の前で倒れるちなみ。
その眼はもう輝きを失い、生命の鼓動をしていないことを表していた。
そして脇に転がる缶ジュース。
直感で察知した。
(端本さん、部室に来たんだ・・・)
(あたしの居ない間にあの机に触れた・・・)
(青酸カリの付いた手で缶ジュースを開けて、それで・・・)
(あたしのせいだ・・・)
(あたしが端本さんを・・・)
全身ががくがくと震え出す。
「綾さん!見てはいけない!!」
綾の異常に気付いた天地はその震える身体を抱きかかえ、変わり果てたちなみの姿を見せないようにした。
「救急車と警察を早く!先生も呼んで来い!それに彼女の周辺には近づくな!!これは殺人事件だ!!」
うろたえる周辺の生徒に対し天地は強い口調で周りに的確な指示を出す。
その腕の中で、綾はずっと震えていた。
(あたし・・・人を・・・殺した・・・)
変わり果てたちなみの姿が頭に焼き付いて離れない。
とてつもない恐怖心と罪悪感にさいなまれ、震えと共に自然と涙が溢れ出していた。
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