R[ever free]2 - takaci  様


第2話      angel song


淳平が退院してから1週間が過ぎた。


怪我はほぼ完治し、身体の痛みはもう無くなっていたのだが、


新たな『心の痛み』に悩んでいた。





綾が淳平を避け、口を利くどころか眼を合わせようともしない。


そしてその理由は退院する時につかさの口から聞かされていた。


病院の中庭で行われたやり取りを・・・


(つかさの気持ちを分からない訳ではないけど・・・)


(でも今の東城の姿はあまりにも痛々しすぎる。苦しんでるのに無理をして・・・)


(まあ、それは俺のせいなんだけど、でもだからこそ何とかしてあげたいよなあ・・・)





(・・・放課後、またあいつに聞くかあ・・・)





つかさとよりを戻してから、淳平はある人物から事あるごとにアドバイスをもらっていた。


以前は外村からアドバイスをもらう事が多かったが、


『女の子に関しては女の子に聞くほうがいい』


そう考えを変えた結果、女の子からのアドバイスを重要視するようになっていた。


で、その人物だが・・・





「ったく、相変わらず情けないなあ!自分でまいた種なんだから自分で何とかしろよ!」


「情けないのは分かってるよ。だからこうしてここに来てるんじゃないか」


「下級生に恋愛の相談なんて、普通は逆だろ?」


「そんなん関係ねえよ。少なくとも同年のさつきよりお前のほうがずっと頼りになるんだ」


「はあ・・・仕方ないなあ」


やれやれと言った顔で席を立つ美鈴。





さつきはいくら友達になったとはいえ、相談するにはやはり抵抗がある。


こずえはつかさに対し宣戦布告してるので除外。


舞はこずえの援護射撃要員なので同じく除外。


唯はなかなか会えない上にまともな答えが返ってこない。しかも相談内容がつかさに筒抜けになる可能性が高いので怖くて出来ない。


ちなみは・・・初めから選考対称になっていない。


そのような理由から、美鈴が淳平のアドバイザー役を一手に受ける羽目になっていた。










二人はとりあえず屋上に向かいながら話をする。


「けど正直どうにもならないと思う。これは東城先輩の問題だよ」


「俺も薄々はそう感じてるんだけど、でも何かしてあげたいんだ」


「だったら何もするな。何もせずにじっと見守るんだね」


「そんな!それじゃあ東城が・・・」


「中途半端な優しさは逆に傷つけるだけだ。東城先輩だけでなく、西野さんまでも傷つけることになる。それくらい分からないのか!?」


「う・・・」


美鈴の厳しい指摘を受けて、淳平は言葉に詰まった。





「・・・俺、東城がここまで苦しむとは想像してなかったんだ・・・」


肩を落とす淳平。


「・・・あたしもそうだよ。東城先輩があそこまであんたの事を好きだったとは・・・」


美鈴も辛い表情を浮かべる。










合宿打ち上げの日、淳平とつかさのふたりは皆に対して再び付き合うことを報告した。


もちろん皆は驚いて一瞬静まり返ったが、やがて拍手と冷やかしの声に包まれた。


そして、それと同時にこずえの宣戦布告も行われた。


『あたしも真中さんが好きです。それにあたし真中さん以外の男の人はダメなんです!だから・・・あたし諦めませんから!!』


この発言でまた静まり返ったが、


『恋愛にルールはないから別にかまわないよ。でもそう簡単に淳平くんは渡さないからねっ!』


つかさは笑顔でさらりと受け答えた。


これで再び活気を取り戻し、淳平は更なる冷やかしの眼と手荒い祝福を受ける羽目になった。





ここまでは良かった。





しばらく後、ずっと黙っていた綾が突然泣き出した。


それはまさに『号泣』と呼ぶにふさわしいものだった。


さつきやこずえが理由を尋ねるものの、返答は無くただ泣き続けるのみ。


結局天地に付き添われ、綾は泣きながら打ち上げの席を後にしたが、





その後、場が活気を取り戻す事は無かった。










数日後、高校最後の夏休みが終わって2学期が始まったのだが、


綾は学校に姿を見せなかった。


2日、


3日になっても現れない。


さすがに気になり、綾の家を訪ねようと思ったとき、





淳平は校門前で待ち構えていた美男子にきつい一発を浴びた。


『てめえのせいで姉ちゃんはショックで寝込んじまって、ずっと泣き続けて、飯もロクに食ってないんだ!』


『姉ちゃんを弄びやがって・・・ぶっ殺してやる!!』


初めて見る顔だったが、その言葉から『綾の弟』である事はすぐにわかった。


それと同時に、綾に与えたショックの大きさを改めて思い知らされた。





この騒ぎの翌日から綾はやつれた姿で登校し、弟の暴走をただひたすらに謝った。


淳平が『気にしないで』と笑顔で答えたので、それで幾分綾の表情は和らいだが、


その日の夜、塾帰りに例の事件が起きてしまった。












淳平と美鈴はそれ以降会話が無く、そのまま屋上の扉の前にたどり着いた。


そして淳平がいつものように扉を開けようとノブに手をかけたが、


そこで動きが止まる。





(歌声?)


扉の向こうから美しい声が微かに聞こえてくる。


美鈴もこの声に気付いたようで、扉の前でふたり顔を合わせる。


そしてそっと扉を開け、音を立てないように屋上に出た。






屋上に出ると、歌声がより鮮明に聞こえてくる。


「綺麗な声だなあ。それにメッチャ上手いよ」


ただ感心する淳平。


「ちょ、ちょっと、それよりこの声・・・もしかして?」


美鈴は驚きの表情を見せている。


「・・・いや、確か人前で歌うのは苦手って言ってたからこんなに上手いはずは・・・」


淳平にとっても聞き覚えのある声だが、にわかに信じられない。


二人はゆっくりと、声のするほうへと足を運ぶ。


そして物陰に隠れながら、そっと覗き込んだ。





(マジで!?)


驚きで震える淳平の視線の先にあるのは、


屋上の隅に佇み、美しい歌声を奏でる綾の姿。





(す、すげえ・・・西野も上手かったけど、東城はレベルが違う!)


まさに『天使の歌声』だった。


心が洗われるかのような優しい音色。


美鈴とともに一気に惹き込まれ、ただ呆然と立ち尽くす。


綾の歌声に、歌う姿にすっかり魅入られてしまった。










歌が終わり、辺りに静寂が訪れると、


パチパチパチパチパチ・・・


ふたりほぼ同時に拍手を始めた。


「えっ!? あっ!! 真中くんに、美鈴ちゃん!?」


「東城すげえよ!メッチャ上手い!!」


「もうプロ並みかそれ以上です!!原曲よりずっといいです!!」


手放しで褒め称えるふたり。





だが綾はあまりもの恥ずかしさに顔を真っ赤にして戸惑っていた。


しかも淳平はいつのも屈託のない、素直な笑顔を見せている。


綾にとって、心休まる笑顔だった。


勇気付けられる笑顔だった。


でも今はそれを見るのは辛い。


病院の中庭で放たれたつかさの言葉が、綾の中で繰り返される。





「あっ、おい!?」


「東城先輩!?」


綾はふたりの間をすり抜け、逃げるように駆けて行った。


急ぎ足で階段を下る足音が次第に小さくなっていく。





「東城・・・どうしたんだ? やっぱ恥ずかしかったのかな?」


呆然と立ち尽くす淳平。


「それもあると思うけど、たぶんあんたの顔が見れなかったんだろうな」


「な、なんでだよ?」


「東城先輩はまだあんたを吹っ切れていない。そんな状態であんな笑顔を見たら吹っ切りたくても吹っ切れなくなっちゃう。それがどんなに辛いか・・・」


美鈴は顔をしかめる。





(そんなのって・・・ありかよ?)





(俺が東城をあんなに苦しめて、しかもさらに苦しめてる・・・)





(そんな東城に対し、俺は何もしてやれないのか・・・)

















「そのせいかな? 東城の歌・・・上手かったけどなんか悲しげに聞こえたのって」


長い沈黙を挟み、淳平は綾の歌の感想を口にする。





「End roll・・・」


「エンドロール?」


「東城先輩が歌ってた曲名だよ」


「お前、あの歌知ってるのか?」


「ああ。あたしは少し安心したよ。東城先輩があの曲の歌詞と同じ心境なら、前向きになろうとしてる表れだからな」


美鈴の表情から笑顔がこぼれた。


「本当か!?」


「あたしの鞄の中にあの曲が入ったCD−Rがあるから貸してやるよ。良く聴いてみな」

















その夜。


淳平は美鈴から借りたCD−Rをセットし、綾が歌っていた曲を聴いた。


何度も聴きなおした。





聴けば聴くほど、胸が締め付けられる。





(東城・・・)


(東城は・・・一人で・・・歩いていこうとしてるんだ・・・)


(俺とは・・・別の道を・・・)





(東城が願うのなら・・・俺も願うよ・・・)





(東城の歩く道が・・・光照らされた・・・明るい道でありますように・・・)









机に座り祈る淳平の後ろでは、この曲の物悲しい歌声が静かに流れ続けていた・・・


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