R[ever free]1 - takaci  様


第1話         宣告


「はあっ、はあっ、はあっ・・・」


つかさは夜の病院の薄暗い階段を駆け上る。


ずっと全力で走ってきたので若い身体をもってしても息が荒く苦しいが、


それ以上に『不安』から来る胸の苦しみのほうがずっと大きい。


(淳平くん・・・)


目的地が近づくほど、不安も大きくなってくる。





階段を上り終え、薄暗い廊下に出た。


その先に見える見慣れた人影。


そこに向け、つかさは最後の力を振り絞る。





「あ、西野さん」


人影の招待は淳平の母だった。


「お、おばさん・・・はあっ・・・じゅ、淳平くんは・・・はあっ・・・」


「ここよ。ほかのお友達も来てるわ」


つかさは促されて病室に入っていく。


「西野さん・・・」


「つかさちゃん!」


「おい真中、つかさちゃん来てくれたぞ!」


ベッドを取り囲む淳平の友人たち。


だが今は誰が居るかなど気にする余裕は無い。


間を掻き分け、ベッドの側に・・・





「淳平くん!?」


ベッドに横たわる愛する人の姿は、とても痛々しいものだった。


頭に巻かれた包帯。


右の頬に張られた湿布。


左の目はあざで青くなっていた。


だが、


「ゴメンな!心配掛けて・・・」


声は明るく、張りがあった。


そして、いつもどおりの笑顔。





つかさの胸をずっと締め付けていた不安が、次第に安堵へと変わっていく。


緊張が解け、力が抜けていく。


それを表すかのように、美しい瞳から涙がぶわっと溢れ出した。


「もう・・・すっごく心配したんだからあ・・・」


思い余ってベッドの淳平に抱きつくつかさ。





「いてててっ!?に、西野ちょっと・・・」


「あっ!?ご、ごめんなさい。つい思わず・・・」


「い、いやまあ・・・」


「・・・もう、無茶しないで。それにちゃんと『つかさ』って呼んで・・・」


全身傷だらけの淳平を気遣いながら、つかさは改めてそっと身を寄せた。





「あーあ、堂々と目の前でいちゃつきやがって・・・助けて損したぜ・・・」


どく付く右島。


「おい真中、多少は強くなれよな。お前が怪我するたびにこんな光景見せられちゃたまったもんじゃねえよ」


呆れながらも冷やかす外村。


左竹、舞のふたりも冷やかしの視線を送る。


「ごっごめん!ほんとーにゴメン!! だ、だから西・・・じゃなくって・・・つかさ?」


気まずさに耐えかねた淳平はつかさに対し暗に離れるよう促すが、


「うう・・・ぐすっ・・・ひっく・・・」


つかさは淳平の胸に顔を埋め、溢れ出す雫であたりを濡らしていく。





(真中くん・・・)


(真中さん・・・)





綾とこずえ。


ふたりの美少女は目の前で身を寄せ合うふたりを悲しげな眼でじっと見つめていた。



















淳平が大怪我をした理由は綾だった。


塾帰り、綾が何人かの男に絡まれ、連れて行かれそうになった。


『止めてください!誰か! 真中くん!!』


必死になって助けを呼んだとき、ふと淳平の名が出てしまった。





それが効いたのかどうかは定かではないのだが、綾の悲鳴を聞きつけた淳平が助けにやってきた。


淳平が男の一人に飛び掛った隙を付いて綾は何とか逃げ出し、


近くに居た右島、左竹、に助けを求め、


駆けつけた右島の活躍により、絡んできた男どもは逃げ出していった。





だが右島が来るまでの僅かな時間の間に、淳平はボコボコにやられてしまい、救急車でここまで運ばれる騒ぎになってしまったのだ。










淳平の怪我は見た目ほど酷くなく、入院も一晩のみで明日には退院できる状態だった。


『あたし、今夜はずっと淳平くんの側についてるから!』


こんな事を言い出して皆を困らせるつかさだったが、思ったよりずっと軽い容態だと知ってようやく安心し、家に帰る決心をした。





願い叶ってよりを戻したふたり。


また恋人になったふたり。


以前付き合っていた時より、ふたりの絆はずっと強い。





−もう二度と失いたくない−





−何が何でも守りたい−





つかさにはそんな思いが芽生えていた。














「話したい事って・・・何?」


帰り際につかさは綾を呼び止め、ふたりで病院の中庭へと足を運んだ。


夜の中庭に人の気配はないが、明るい外灯で照らされおり不安感はない。


むしろ綾にとっては、これからつかさから放たれる言葉のほうがずっと不安だった。


綾はやや離れて佇むつかさの背中を不安げな眼でじっと見つめる。





「今日の事なんだけど・・・」


つかさは背を向けたまま話し出す。


「ごめんなさい。あたしのせいで真中くんが・・・」















「・・・もう、淳平くんに近づかないで・・・」















(えっ?)


固まる綾。





非難を受けるだろうと思っていた。


罵声を浴びる事も予想した。


だが、ここまで厳しい事を言われるとは思わなかった。


「た、確かにあたしのせいで真中くんは大怪我をしたけど・・・でもだからって・・・」










「東城さんが側にいると、淳平くんが苦しむの」





「えっ・・・」







「淳平くんはまだ東城さんを気にしてる。東城さんに後ろめたさ感じてる。今日の事もそうだよ。だから、お願い・・・これ以上淳平くんを苦しめないで」







「そんな・・・そんなの・・・」








綾はまだ淳平を諦めたわけではない。


いや、諦めきれない。


諦められるわけがない。


つかさもそうだが、綾もまた淳平は『絶対的な存在』なのだ。


(また戻っただけ、片思いに戻っただけ・・・)


(ずっと、あたしの片思い・・・)


(付き合ってなくても側に居られればいい。たとえあたしを見てくれなくても、あたしはずっと真中くんを見続ける・・・)


苦しみぬいた結果、たどり着いた答えがこれだった。










だがつかさの言葉はその答えまでも否定する。


まさに『死の宣告』に等しい。










「あたしを恨んでもいいよ。どんなに憎まれてもかまわない。でも遭えて言う・・・」












「淳平くんは・・・諦めて」










「それは東城さんの為でもあるよ。もちろん淳平くんの為にもなる」








「東城さんなら・・・分かってくれると・・・信じてるから・・・」





そう言い残して、中庭から去るつかさ。


ずっと背を向けたままで、綾に表情は一切見せなかった。


それがまた、綾の胸を締め付ける。
















「西野さん・・・酷いよ・・・」





「片思いも・・・ダメなんて・・・・」





「そんなのって・・・あんまりだよ・・・」





「うっ・・・  ううっ・・・  」





綾はその場で崩れ落ち、ただ泣き暮れる。


絶望の涙が整備された中庭の道を濡らしていく・・・












そんな綾の姿をやや離れたところからずっと見続ける者が居た。





(綾・・・さん・・・)





天地だった。


同じ塾に通う天地も綾に付き添い、この病院を訪れていた。


だが病室には入らず、ずっと外で待っていたのだ。


すぐにでも側に行き優しい言葉を掛けたかったが、その場でぐっとこらえる。







ここ数日で天地は己の無力さを痛感していた。


綾の苦しみを癒せない自分自身に苛立ちを感じ、そして今もまた強烈な劣等感に苛まれていた。


苦しみで顔がゆがみ、拳に力が入る。





その震える拳から、一滴の赤い雫が滴り落ちた。


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