忘却〜第4話〜 - 惨護 様
いつも一人で辿るはずの家路
にぎやかになるはずの無い帰り道なのにさつきがいるので今日はにぎやかだった
「でさあ、その子が・・・・・・」
他愛の無い話をしながら歩く二人、だが、途中で淳平はつい一言こぼした
「どこまでついてくるつもりだよ」
「なんか言った?」
「いや、別に・・・・・」
そこから何も話さないまま数分歩いた、淳平の家に近づいて来た時にさつきが話を切り出した
「ねえ、真中・・・・・・」
「何?」
「本当に覚えてないの?」
淳平は正直、この言葉は聞き飽きていた。覚えてないのに何度も聞かれてたまに頭がおかしくなりそうにもなっていた
「ああ・・・・・なにも・・・・・・・」
さっき取り去られたはずの不安が淳平の脳裏に過ぎる、それは与えられたものではなく作り出されたものだった
「じゃあ、もう一回がんばろっかな〜」
「何を?」
「真中の彼女になること」
「え!?」
淳平は嬉しさ半分恥ずかしさ半分だった。でもすぐにその顔は暗くなっていった
「・・・・・・・本気だよ、あたし」
「でも・・・・・・」
その顔はやはり不安の色を隠せなかった
「・・・・やっぱり、思い出せないんだよね・・・・自分のことも」
その言葉を聞いた瞬間、淳平は立ち止まり、さつきを真剣な目で見た
「・・・・・・・分かる?」
「外村が言ってたし、どっか違うし・・・・」
淳平の方を向かずにただ歩きながら言った、すると淳平が肩をたたいた
「すこし座って話そうか・・・・・」
淳平はさつきと家の近くの公園のベンチに腰を下ろした
「俺は・・・・・何?」
そう言った淳平の顔は何も変わらない。まるで凍っているようだった
「・・・・・・・」
さつきには黙ることしか出来なかった。無表情の淳平に対してのそれが精一杯の対応だった
「・・・・・俺は起きたとき、自分が何者か分からなかった」
誰も聞いていないのに自分の事を話し出した
さつきにとっては聞きたくないことだったが、淳平のためにひっしで堪えた
「中学までの記憶はある、でもその記憶に自分の姿・・・・声が無い」
「何をしていたのか・・・・何を目指していたのか」
口だけが笑い、怖い笑顔を浮かべる淳平をさつきは見る事ができなかった
「でも、不安にさしたくなかった・・・・みんな泣いてたから」
淳平は何を言ってるのか自分では分からなかった、ただ聞いてくれればいいそう思って言い続けた
「精一杯優しくした・・・・・精一杯明るく振舞った」
「・・・・・・・・」
「なあ、さつき・・・・俺は何?」
淳平はさっきと変わらない顔でさつきの方を向いた
さつきは淳平の顔を見ないように俯いて答えた
「分かんない・・・・・・誰にもそれは分かんない・・・・・・」
さつきは顔を上げてしっかり淳平と目線を合わした
「だってそれは・・・・真中が生きてきた姿でもあるんだから」
さつきの声は淳平の耳に届かなかった
「なあ、俺の夢は何だった?」
淳平の目は完全に死んでいた。映画監督を夢見ていたあの時の輝きなどまったく見受けられなかった
「・・・・・・・・・・」
「答えてくれよ、さつき」
とうとう淳平は不安の色に塗りつぶされてしまった
「・・・・・・・・・・」
「なんでもするから・・・・・付き合ってもいいから・・・・・・」
この軽率な一言がさつきの心に怒りを注いだ
さつきは立ち上がり、淳平のほほを思いっきり叩いた
「っ痛!なにすんだ!・・・・よ・・・・・」
涙を流しながら、拳を握るさつきの姿は痛々しかった
「真中・・・あんたは何も分かってない!!!」
さつきは周囲の人のことを気にせず続けた
「簡単に人を好きになるものなの?夢は人から聞いて思い出すもんなの?」
「・・・・・・・」
「違うでしょ?」
淳平は俯いて黙り込んだだが、さつきはやめなかった
「思い出しなよ、自分が好きなもの・・・・好きだったものを!!」
「分からない・・・・・」
淳平にとって、思い出すことは酷だった
自分がいなくなるんじゃないのかという不安に押しつぶされていたから
「記憶に鍵をかけたのは真中自身なんだから・・・・・・」
「もういい・・・・」
淳平は立ち上がり、さつきの目を見て言った
淳平の目はまだ死んでいた
「真中・・・・・よくないよ・・・・」
「もういい!!!」
そう言った瞬間、さつきは歯を食いしばりまた平手で淳平の頬を叩いた
「あんたは真中じゃない!ただの軟弱者よ!!!」
淳平は叩かれた状態で固まっていた
「思い出すことを避けてんじゃないわよ!!!馬鹿!!!!」
「・・・・・」
さつきは鞄を持って走って公園から出て行った
その目からこぼれた涙が地面をすこし濡らしていた
(また人を傷つけた・・・・・・)
その感傷だけが胸に残った、淳平は頬をさすりながら家に帰った
すぐに部屋に入りベッドに寝そべった
(本当の自分って・・・・・前の俺って・・・・・)
目を閉じるとさつきの言葉が頭の中を木霊した
【「思い出すことを避けてんじゃないわよ!!!馬鹿!!!!」】
(思い出すこと・・・・避ける?)
頭の中で繰り返される映画の中の自分
(・・・・でも、もうこんな思いはしたくないし、させたくない)
(さつきにも東城にも唯にも・・・・あれ?西野だけはちがう・・・・・)
なぜかつかさにだけは違う感情を抱いていた
(憎い?・・・・・・・・・)
(西野が連れ出さなければ・・・・西野とデートしなければ・・・・・)
わなわなとこみ上げてくる衝動を必死で抑えて淳平はベッドから起き上がった
(なに考えてんだよ・・・俺はいったい・・・・・)
頭を掴んで考えていると電話が鳴った
家には誰もいないので、リビングに走って行き電話をとった
「はい、もしもし真中です」
『よう、真中。外村だ』
「なんか用か、外村」
外村はすこし黙り込み、電話の向こうからため息が聞こえた
『・・・・・さつきから全部聞いたみたいだな』
「お前も気付いてたんなら言ってくれよ・・・・自分のこと忘れてるって事」
笑い声が外村には聞こえていたが、その笑い声は聞きたくないくらい暗かった
『俺は言う気にはなれなかった・・・・・』
「やっぱりな・・・・おまえ、そういういいやつだしな」
『まだよく思い出してないのに、俺のいいところが分かるとは感心したぞ』
思い出すという言葉に敏感に反応する淳平
「悪いところもだがな」
『はっはっは・・・・すこしは戻ったって感じだな』
「そうか?」
『まあな・・・・ところで・・・・』
そこからすこし他愛の無い話が続いた、時計の針が5時をさした頃そろそろ話も終わりかけていた
『あと、一つ忠告しておくけどな、結論をすぐだそうとするな』
「へ?」
『自分がどうして記憶を失くしたのかを・・・・・』
「分かってるって・・・・・」
暗い声が外村の電話から聞こえた
まだまだだなと思いつつ外村はパソコンを開いた
『じゃあな、俺はHPの更新があるのでな』
「おう、また明日学校でな」
電話を切り、机に置いた。その顔にはさっきまでの暗さがすこし抜けていた
「・・・・・結論をすぐ出すな・・・・か・・・・・」
淳平はそんな事を呟いて部屋に戻っているとまた電話が鳴った
「ん?また電話か・・・・・・」
いそいでリビングに戻り電話をとった
「はい、もしもし真中です」
『あ、淳平くん?』
淳平にとって今一番会いたくない人物の声が電話から聞こえた
『唯ちゃんから・・・・・淳平くん?』
「・・・・・・」
淳平は名前を呼ばれるたびに怒りとも悲しみともいえない感情が心に満ちていった
『どうしたの?』
「なんでもない・・・・」
その声はさっき外村と話していた時の声とは別物だった
『なんでもなくないよ』
「なんでもない・・・・・」
暗く気味の悪いほど低い声がつかさの耳に聞こえていた
『なんかおかしいよ、声が────』
「なんでもないって言ってるだろ!!!」
『!!!!』
つかさが喋っている途中に、淳平は何かに押されてキレた
『ごめん、俺、気分がよくないし・・・・じゃあ』
『ツーツーツー・・・・』
淳平に一方的に切られたつかさの目には涙が溢れていた
「・・・・・淳平くん・・・・・・」
携帯電話を抱きしめて、つかさは涙を流した
「なに言ってんだろ・・・俺・・・・・・」
電話を机に置き、さっきのことをため息と共に嘆いていた
「ただいま、じゅんぺー」
「な・・・・唯!?」
「まだ慣れてないの?」
顔を赤くしながら軽く頷いた、その姿を見て唯は笑った
「ところで唯、その箱なんだ?」
「あ!これ?これは・・・・淳平へ西野さんから大事な預かり物だよ〜」
つかさの名前を聞いた瞬間、さっきのことを思い出した
淳平はとてもじゃないが受け取れるような状態ではなかった
「・・・・俺は・・・・・・」
「文句言う前にとりあえず開けてみようよ、ね?」
「・・・わかったよ、唯」
とりあえず、淳平は箱を開けた。中にはいちごのショートケーキがふたつ入っていた
「・・・・・・」
「美味しそうでしょ?そのケーキ、西野さんの手作りなんだよ。後、これ」
「手紙・・・・・」
「今読んだほうがいいんじゃない?なにか大事な事書いてありそうだし」
淳平は封を切り、手紙を広げて見だした
《淳平くんへ
こんな形でしかあたし、謝れない
ごめん、あたしがデートなんかに誘ったから
こんなことになって・・・・・・・
感謝と淳平くんの回復を願って作りました
唯ちゃんと一緒にしっかり食べてね☆
西野 つかさより
P.S.ちゃんと食べないと、怒るよ!》
さっきまでの感情とは逆の感情が淳平の心を充たしていった
「西野・・・・・・」
手紙を握り、自分の不甲斐無さを恨んだ
「食べないの?」
「いや、食べる」
フォークと皿を用意していると、唯が笑顔でこういった
「なんか元に戻ったね」
「へ?」
「さっきまで死にそうなくらい暗い顔だったのに、なんか明るくなった」
「そうか?」
誰の所為で暗くなり誰のお蔭で明るくなったかは淳平は理解できていた
「そうだよ!とにかく早く食べよ〜」
「・・・・・さきに食べててくれ」
「どこ行くの?」
「ちょっとな・・・・でも、俺の分は残しとけよ!」
そう言って、飛び出すように走って出て行った
(自分だけが辛いんじゃないことは東城と話した時に分かっていたのに・・・俺のバカ野郎!!)
「はぁ・・・はぁ・・・・・・」
数分走ると目標の家まで到着した
「・・・・ここだな・・・・・でも、なんで覚えてんだ?・・・・・」
そんなことを疑問に思いながら、インターホンを鳴らした
すぐにインターホンからつかさの声が聞こえた
<どちらさまですか?>
「西野・・・・真中淳平だけど・・・・」
<え?淳平くん・・・・>
驚きの声がインターホンから聞こえてきただけど、その声は哀しい声にも聞こえた
「話があるんだ。ちょっと外に出てくれないか?嫌ならいいけど・・・・」
<・・・・ちょっと待ってて>
インターホンが切れると玄関のドアからノックの音が聞こえた
「あまりいいかっこしてないから・・・・・ドア越しじゃあ、だめ?」
「いや、充分だよ・・・・ここで言うし」
淳平はドアに背中をあわせた、つかさもドアに背中を合わせた
「で、話って?」
「・・・・・さっきはごめん・・・・なんていうかその・・・・」
つかさは背中に感じるはずの無いぬくもりを感じた、その瞬間すこし涙が溢れた
「なんでも謝れば、許してもらえると思ってるの?」
(や、やっぱ怒ってる・・・・・)
「いや、その・・・・・・」
ドア越しでも淳平が恥ずかしがっている動作がつかさには分かった
「今回だけだからね・・・・今度したら・・・・」
淳平は息を呑んでつかさの声を待った
「デートに誘ってね」
「へ?なんて?」
「じゃあね、あたし忙しいんだ」
淳平の聞き返しに応えず、つかさは家の奥に戻っていった
「と、とりあえず助かったんだよな・・・・・」
淳平はホッと胸をなでおろして家路に着いた
「淳平くん・・・・よかった・・・・・・」
さっきとはちがう嬉しさの涙がつかさの枕を濡らした
「ただいま〜・・・って誰もいない・・・・」
淳平が家に帰ると誰もいなかった、リビングの机に置手紙があった
《じゅんぺーへ
友達と約束があるので、ちょっといってきま〜す
遅くはならないと思うけど、おばさんに言っといてね☆
あと、怒らないでね、つい手が出ちゃった
唯より》
机に置かれたケーキが手紙の内容をよく示していた
「唯のやろう・・・・・・一口だけって・・・・・」
とりあえず残ったケーキを口に運んだ
「・・・・うまいけど、物足りない・・・・・・」
淳平はフォークを握りながら嘆いた
「でも、なんで西野の家の事を覚えてたんだ・・・・・?」
今ではつかさの家の位置はいつでも思い出せるが外村の家の位置はまったく思い出せない
「わかんねえよ・・・・」
淳平はどんな事でも答えが出るまで時間がかかるようだ
つづく・・・・・
NEXT