title11.gifねぎ様 投稿作品 「ぬくもり」 第一章 1−5




第一章







すっと伸びた長いあぜ道。

左右には、広く続く野菜畑と稲穂の揺れる水田。

少し離れた所には、雑木林が乱立し、その奥には山々が連なっている。

太陽はやや傾きかけ、目の前に伸びる自らの影も、ずいぶんと長くなっていた。

遠くから、ヒグラシの鳴く声が聞こえ、足元からは虫たちの歌声が聞こえている




『自然』




まさに、その言葉が似合うであろうこの風景も、今の二人には果たしてどう映っているのであろうか





「ごめんね・・・真中くん・・・・」

綾は、先ほどから何度も同じ言葉を繰り返している

「き、気にするなよ!東城!!誰にだって間違いはあるって!!」

淳平は、両手を大きく広げて「何も気にすることはない」と訴えるが如く明るく振舞った

「でも・・・あたし・・・」

「どうせ、今日は特にやることはなかったわけだし。それよりほら、見てみろよ!この風景!!なんか、今回の映画の撮影に使えそうな気がしないか?」

淳平はそう言うと、両手で四角くファインダーを作って、綾の方に向けた

「・・・・ふふふ♪」

「え!?ど、どうしたの?俺、今なんか面白いことした?」

「ううん♪だって、真中くん。風景とかいいながら、あたしの方にカメラ向けたらダメじゃない!」

「あ、そういや、そうだ!!」

思わず笑い声を上げる二人。

綾は、小さな口元に手を当てながら、今までの表情とは別人のようなかわいい笑顔を見せていた

(別に・・・風景じゃなくって、東城がいる後ろの風景が・・・東城がいるからいいんだよな〜)

「ん?何、真中くん?」

視線を感じ、問いかける綾に、淳平は「何でもない」と答えるのが精一杯だった

それほどに、この風景に東城綾という人物が、映画の1シーンのように淳平のファインダーに収められていた


かわいいからか?いや、そうではない。先ほどまで、下を向いていた顔が、まるで雨に打ちひしがれて垂れ下がった小さな花が、太陽に照らされて大きく上を向くが如く、見ていてとても心和む表情だったのだ。







「ところで、こっちで本当にあってるのか・・・?」

淳平は、外村が配布した、合宿先のパンフレットを取り出した

「う、うん・・・たぶん、駅から降りて、2つ目の信号を右に真っ直ぐだから・・・」

「だよな〜・・・」

二人が不安になるのも無理はない。辺りには、旅館らしきものが全く見当たらない。もう既に歩いて1時間くらいであろうか。

「あ、真中くん!あそこにおばあさんがいるから、聞いてみようよ!」

綾が指差した先には、農作業を終え、軽トラックに野菜を載せている老婆がいた

「あの〜・・・すいません」

淳平はアタマを掻きながらその老婆に話しかけた

「なんじゃ?」

振り返った老婆は、かなり背が低く、髪の毛も白髪で真っ白となっていたが、顔の色はとてもよく、「元気ばぁさんここにあり!」といった感じだ

「あの、道を聞きたいんですが・・・」

そういって、淳平は合宿予定先の宿の名前を教えた

「あぁ〜〜、そこかぃ!知っとるぞぃ!」

「え!?ホントですか!?」

良かった〜〜といった安堵の表情で眼を交わす二人

「なんじゃったら、連れてくぞぃ。乗ってくか?」

そういうと老婆は、まるでアメリカ映画に出てくる気の良い親父のように親指を立てて後ろの軽トラックを指した

「いいんですか!?」

「あ〜〜えぇよ!」

「あ・・・でも、お仕事のお邪魔じゃ・・・」

「畑仕事はもう終わりじゃよ。日が沈みかけたら、畑は動物や虫たちのもんじゃ。」

「でも・・・いいんですか・・?」

「ホレ、早くせんと、連れてかんぞ!」

そういうと、老婆はそそくさと運転席の方に向かっていった。

「あ、はい!行こう、東城!!」

「あ・・うん!」

二人は、助手席のドアを開けた


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「なんじゃ?早く乗らんかい!」

「で、でも・・・・」


二人がためらうのも無理はない。席が1つしかないのだ。

(ま、まさか・・・ここに俺と東城で座れと!?一体どうやって・・・!?)

淳平はチラリと綾の方を見た。綾も戸惑っている様子だ。

(や、やばいだろ〜、これは!ってことは、アレか?俺が先に座って、その上に東城が・・!?)


「いてっ!」

淳平が妄想モードに入っていると、老婆がジャガイモをぶつけてきた。

「何をやっとるんじゃ!お前さんは荷台じゃ!荷台!!こっちのかわぇ〜お嬢ちゃんが助手席じゃ!当たり前じゃろが!!」

「は、はははは・・・そうだよな・・・って荷台・・・・」

「あ、ま、真中くん、それじゃ、アタシも荷台の方に・・・」

「あ、いいって!東城、スカートだろ!乗り込むの大変だし、汚れちゃうから!」

「で、でも・・・」

「ホレ!彼氏もあぁ言ってるんじゃ!ハヨ乗らんかい!!!」

「は、はい!」


老婆にせかされ、綾は助手席に乗り込んだ

彼氏と呼ばれたことに頬を少し赤らめながら・・・




ガタガタと揺れるあぜ道。耳に入る、風の音。横を流れる水路の水音。
そんな自然の音に聞き入るように、綾はゆっくりと眼を閉じていた




一方の淳平は、じゃがいもとトマト、とうもろこしといった、自然の野菜たちに囲まれて、黒く浮かんだ山々の向こうに、ゆっくりと沈んでいく夕陽を眺めていた










「着いたぞ、ここじゃよ!」

軽トラックは、古びた旅館の前に止まった

「あ、ありがとうございます!!」

「おばあさん、本当に助かりました!」

トラックが止まった目の前には、少し古いがなかなかの構えの建物が建っていた。



  『旅館 亀屋』



パンフレットにあった名前と間違いない


「ほんじゃ、ごゆっくり〜〜」

老婆はそう言うと、軽トラックのエンジンを再びかけ始めた


二人は、老婆にお礼をいい、外村達が待っている旅館の中へと足を向けた










「すいませ〜〜〜〜ん!!」


先ほどから、何度声をかけたことであろう。

一向に誰も出てくる気配がない

「すいませ〜〜ん!」

綾も一緒に声を出した

大きな旅館のようで、玄関もかなり大きく、奥行もかなりある。

「もういいや!東城!中に入っちまおうぜ!!」

「え?で、でも・・・」

躊躇する綾を尻目にそそくさと靴を脱ぎだした

「ほいほい、待たせたのぉ〜〜〜」

不意に背後から、聞き覚えのある声がした

「あ、さっきの・・・!?」

「あ、荷台のばぁ〜〜さん!!」

二人の前には先ほど、トラックで送ってくれた老婆がニコニコと立っていた

「え?あれ・・・!?」

「ひょひょひょ〜。ここはワシがやっとるんじゃ!さ、中にお入り!」

「そうだったんですか?」

「なんだよ!だったら、さっき言ってくれてもよかったじゃんか・・・」

思いはさまざまだが、二人は促されるように、旅館の中へと入っていった



「あ、あの・・・・ここに、外村ってヤツが来てると思うんですが・・・」

淳平は、老婆に尋ねた。先ほどからあれだけ大きな声で叫んでも誰も出てこなかったのだ。外村達がどこかに出かけてるとしても、おかしくはないが、やはり気にはなる。

「ほぇ?外村?そんな人は知らんぞぃ」

老婆はゆっくりと、二人にお茶を出しながら答えた

「え?そんなはずは!?だって、ここって亀屋でしょ!?ほら!ここ!!」

淳平はバッグからパンフレットを取り出し、老婆に見せた

「ん?あぁ〜〜ここかい!これは13号館の方じゃ!」

「へ?13号館!?」

「そうじゃよ!亀屋は全国チェーンじゃからな!」

「え・?ということは、みんなは・・・!?」

綾が眼を丸くしている

「ここは15号館!13号館は線路を挟んで反対側じゃな!」

「「えぇ〜〜〜〜〜!!」」

「北口と南口があるんじゃよ!あの駅には」

「え?あったっけかな〜〜〜」

淳平は記憶を思い出しながら首をかしげた

「北口は午後2時でおしまいじゃ。それ以降は閉鎖されとるから、わからんのも無理はないのぅ」

「うっわ〜〜〜、どうしよう!そしたら、早く戻らなきゃ!!」

淳平と綾は、慌てて旅館を後にしようとする

「これこれ、待ちんしゃい!」

老婆が二人を引き止める

「今から行っても、つく頃には夜中じゃ。今日はここに泊まりんしゃい!」

「で、でも。俺たち、お金そんなに持ってないし、それに、みんな待ってるから・・・」

淳平は間違えた恥ずかしさと、早くみんなの所に行こうとする焦りで、いっぱいだった。

「お金はええから。あそこの旅館の女将とは姉妹じゃからな!あとで連絡して、二人分の宿泊をこっちに回してもらうからのぉ」

「で、でも・・・」

「それにのぅ、こんな夜道に若い女の子を連れて歩くなんて、危険じゃぞ!もしものことがあったらどうするんじゃ!友達には電話で伝えればよいじゃろ?無理はせんことじゃ!」

「あ・・・」


淳平は綾の方を見た。そう、今は淳平一人ではなかった。自分ひとりでなら、見知らぬ夜道を歩いて、外村達の待つ旅館までたどり着くのもいいであろう。だが、綾もいるのだ。
老婆の言うとおり、無理はできない。夜道でケガをしたり、また、道に迷ってしまう可能性もある


「真中くん・・・」

綾が心配そうに淳平の顔を見る


(そうだ、ここで俺がしっかりしなきゃ、東城がますます不安になっちまう・・・)


「東城!!」

「えっ!あ、はいっ!!」

いきなりの呼びかけに思わず直立してしまう

「今すぐ外村たちに連絡して、事情を説明してくれ!今日は俺たち、ここに泊まるって!」

「あ、う、うん!」

綾はカバンから携帯を取り出した

「明日の朝一番で、そっちの旅館に向かうからって!」

「わ、わかった!」

綾が外村に連絡をしている間、淳平は老婆に部屋について尋ねていた










「無理じゃな!」

「そ、そこを何とか!」

「無理じゃな!」

「いいじゃないですか!どうせ、誰も泊まってないようですし!」

「無理じゃな!」

「じゃ、じゃあせめて仕切りのある大きな部屋で・・・」

「無理じゃな!」

押し問答が続いている



「何が無理なの?」

「いっ!?と、東城!!」

携帯を片手に、綾は淳平のやや後方から話しかけた

「今、外村くんに事情説明しといたよ!明日、真中くんにゆっくりと聞きたいことがあるからって!何だろうね?」

「は、ははは・・・(何だろうね?って・・・と、東城〜〜・・・!!)」

「ほれ、さっさと荷物をもって付いておいで!」

「は、はぁ〜〜〜」

大きな荷物を小さくなった背中に抱え、トボトボと歩き出す淳平

「真中くん、どうしたの?」

「あ、うん・・・実は・・・」



「ホレ、ここじゃ!」

扉を開けると、10畳ほどの和室が広がり、奥には、掘りごたつが設置されていた

「こういうわけでして・・・部屋が・・・一緒なんだけど・・・」

淳平は少し、照れながら口を尖らせて話を続ける

「別室は無理だって・・・」

綾は顔を真っ赤にして佇んでいる


「と、東城。あの、嫌だったら、いいんだよ!俺、別に廊下で寝たってかまわないし!それに、ホラ、フロとトイレと布団があればいいわけだしさ!」

もはや、淳平も必死だ。一晩、綾と一緒の部屋で過ごして、果たして理性を保てるかどうかの不安もあった。というか、正直、自信はないのだ。



「あ、あたしは・・・・


いいよ・・・」



「へ?」


綾の言葉が聞き違いに思え、聞き返してしまった


「あたしは・・・その・・・


真中くんが、平気なら・・・


構わないけど・・・」


か細い声で答える綾。

「と、東城・・!?」

思いもかけない言葉に眼を丸くする淳平

「ホレ!さっさと入らんかい!!この!!!」


ドカッ!!


老婆に蹴られ、部屋の中に転びながら入る淳平。両手を口元に持っていき、驚く綾。

「ま、真中くん、大丈夫!?」

「いって〜〜、ははは・・・  大丈夫!!」

「さっさと荷物を片しな!すぐに食事じゃからな!」

「え?食事!?」

「そうじゃ!さっき採ってきた野菜を使った料理じゃ。ま、すぐに出来るから待っておれ!」

老婆は部屋を後にした


「ははは・・・と、東城・・・ごめんな・・・」

「え?ううん!いいの!あたしの方こそ、ホントごめんなさい!あたしが忘れ物をしなければ・・・」

「いいって!ま、おかげで、新鮮野菜の料理が食べれそうだしさ!」

「う、うん!そうだね♪ 楽しみだね!」






しばらくして、料理が運ばれ、映画の話をしながら、ゆっくりと二人だけの食事をとった。






料理を下げに来た老婆が二人にフロを勧めていった


「ふ〜〜ん、露天風呂か〜〜〜」

「なんか、いいね!あたし、温泉って大好きなんだ〜!」

「あ、俺も!!よし、早速行こうか!って、部屋のカギとかどうしよう・・・」

「あ、じゃあ真中くん、持っててよ!あたし、すごい長風呂だから」

「うん、わかった!俺は普通だと思うけど、どれが基準なんだかわかんね〜けどな!」

「ふふふ!そうだね!!」





二人はフロの準備をし、老婆が薦めたこの旅館ご自慢の露天風呂へと足を運んだ










「うっわ〜〜〜おっきなお風呂〜!」

綾は思わず声を出してしまった

「なんか、これじゃ外村くんたちに申し訳ないな〜〜」

そういいながらも、綾はゆっくりと浴びせ湯を体にかけ、そして、そ〜っとその白い足先から温泉の中へと体を沈めた


「はぁ〜〜、気持ちいぃ〜〜♪」


素直な感想であろう。今日は一日、道に迷ったり、忘れ物をしたり、長い距離を歩いたりと、疲労がたまっていてもおかしくはない。

だが、その疲労も、若さゆえであろう。こういう気分的なもので全てが吹き飛んでしまうのだ。


湯からあがり、体を洗うために、蛇口のある場所に腰を下ろす。

濡れたタオルに石鹸を付け、左腕からごしごしと洗い始めた。

その白い肌は、すぐに泡で隠れていき、首や腰、そして、胸元と丁寧にタオルで洗った

徐々に洗う場所は下の方へと移り、そして太もも、足先へと全てを洗い終えた

タオルをゆすぎ、シャワーから出る温泉の湯で、体の泡を洗い流す

「あ・・っ」

ふと、綾の手が止まる

右手にもつシャワーをそのままに、そっと左手で、自らの胸に手を当てる

綾は、シャワーを元に戻した

そして、今一度、タオルに石鹸をつけ

丁寧に

まるで、これから何かが起きるであろう事を期待するが如く、丁寧に再び体を洗い出した。











「うっひゃ〜〜、いい風呂だったな〜〜」

淳平はまるでオヤジの如く、浴衣の肩にタオルをかけて、のしのしと部屋に向かって廊下を歩いていた

「ふぃ〜、つい長風呂しちゃったな〜〜。東城、もしかしてもう待ってるかも」

淳平は部屋のキーをくるくると回しながら、足を速めた

「あ、まだ来てないや!よかった」

部屋のドアにキーを差込み、ゆっくりとキーを回した。

ガチャッ!ガチャッ!

「あ、あれ?なんかうまく行かないな〜〜」

本当に不器用な男である。右に回す所を左に回しているのだ。開くわけがない


カチャッ!

「あ、開いた〜〜!何やってんだ?俺は・・・」

どうやら、自分の情けなさに気づいたようだ

「どうしたの?真中くん?」

後ろからの声に淳平は振り返った

「あ、いや、何でもな・・・い・・・・」

「ん?」



どうしたの?といった表情の綾に淳平は視線が釘付けになっていた

しっとりと濡れた髪。脱衣所のドライヤーで乾かしたであろう、その黒くて長い髪は、まだどこか乾き切ってなく、頬や首筋に絡む様はとても艶やかであった。。
先ほどまでとはちがい、風呂上りの浴衣姿はとても魅力的で、少しのぞかせている胸元の白い肌には、首筋から雫がゆっくりと流れていた



「中に入らないの?」

「え?あ、あぁ!入るさ!入るに決まってる!!」

「ん?変なの!」

淳平に続き、綾も部屋の中へと入った

「あ、電気、着けなくっちゃ!」

綾が入り口傍のスイッチをつけた


「ぐはっ!!!」

「ど、どうしたの?真中くん!?」

中で淳平が何やら驚いている

「は・・・は・・・は・・・・」

引きつった笑いを見せる淳平

「あ・・・!?」

思わず両手を口に当て、眼を丸くする綾

二人の目の前に飛び込んできたものは



大きな布団が1つ

それも、長い枕が1つだけ置いてあり、もはや、二人で一つの布団で寝ることを半強制的に薦めているのだ


「あ・・・あのばばぁ〜〜〜・・・」

淳平が、肩をわなわなと震わせている

「と、東城!俺、ちょっと行って来る!布団貰ってくるよ!」

「え?あ、ま、真中くん!?」



綾の言葉も聴かず、淳平は老婆のいるロビーへと駆けていった







「なんじゃ?騒々しい!」

呼び鈴を押され、奥の部屋からノコノコと老婆が出てきた

「ちょ、ちょっと、あれは何なんですか?!」

「ん?あれってなんじゃ??」

「布団ですよ!布団!!」

「ほ?ちょっと大きかったかの?」

「違う!その逆!!って、そうじゃなくって、もう1つないんですか!?」

「布団かぇ〜〜?」

「そう!布団!!」

「すまんの〜〜。先日の団体さんの後、予約が週末までないから、全部クリーニングに出してるんじゃ・・・」

「な!?く、クリーニング!?」

「ま、あとあるとしたら、ほれ、このくらいじゃな!」

そういって、老婆は淳平に一枚の毛布を渡した

「こ、これだけ・・・・!?」

「ないよりましじゃろて・・・。でも、どうせ、そんなものいらなくなるんじゃろうね〜〜〜」


「な・・な・・・・・・」



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