〜Everybody Needs Love〜10 - つね  様



『壊れていく』1






「淳平くん遅いな…」


つかさは駅のホームで呟いた。


バッグから携帯を取り出し、時間を確認する。


時刻は7時57分。電車の出発時間までわずか三分。


時間が迫るにつれてだんだんと不安になってくる。


「…淳平くん、何かあったのかな…」


そう言って携帯の画面を見る。


画面には昨日登録したばかりの番号。


そしてその番号に電話をかけようとした、そのとき、


ピリリリリッ


「もうっ、誰だよ。こんなときにメールなんて、」


つかさは愚痴るようにそう言いながらメールを開いた。


もうすでに電車はホームに入ろうとしている。



「…えっ…」


そのメールを見た瞬間につかさは思わず声をあげた。


「淳平くん…からだ。」


つかさは急いでメールを読んだ。


『どうしても抜けれない用事があって電車に間に合いそうにないんだ。後で追い掛けるから先に出発しててくれればいいから。』


携帯の画面に映し出されたその文章。


『後で追い掛けるから』、その言葉を信じてつかさは八時の電車へと乗り込んでいった。






























気がつくと目の前には白い世界が広がっていた。


視界はぼやっとしていて白く霞んでいる。






(…ここは…もしかして俺…)





「あっ!ちょっと、斎藤さん!先生呼んで来て!」


そんなことを考えていると突然声が聞こえてきた。


(…ん…?…先生?…俺、死んでない?)




そう思うとだんだんと視界がはっきりとしてきた。





「良かったぁ、気がついて。君、二日間も寝たきりだったのよ。」


水の入った容器とタオルを俺の横にある机に置きながら女の人が話し掛けてきた。


(…この人、白衣着てるし…ここ病院だ。)


だんだんと周囲の状況を理解してきた。


「君、名前は?」


「え…真中、真中淳平です。」


「真中…くんね。もう少しで先生来るから待っててね。」


そう言って俺に見せた明るい微笑みにはどこか西野のそれと通じるところがあった。





(…!そうだ西野…西野は!?)






「あ、先生来たみたい。それじゃあね。」


俺が西野のことを尋ねようと思ったちょうどその時に看護婦さんはそう言って病室から出ていった。



















病院の先生の話で今の状況が把握できた。


俺はあの後、道を通り掛かった人の通報により病院に運ばれたらしい。


出血が激しく、命を失う危険性もあったようだ。


そんな緊急事態に俺を知る人が誰も駆け付けてこなかったのは、俺が自分の情報を示すものを何も持っていなかったからだろうと先生は言った。







先生の説明を聞いて改めて事の重大さを感じ、そして『よく助かったもんだ。』、なんて思ったりもした。





でも、先生がいろいろと説明してくれている間も、一つのことから頭が離れなかった。





『西野は無事なのか?』、そのことが何より心配だった。









そして先生の説明が終わった後、俺は尋ねた。


「先生、俺が病院に運ばれた日に泉坂駅で何か事件がありませんでしたか?」


「いや、君が刺されたこと以外は何も起きとらんよ。」


(…西野にはひとまず何もなかったみたいだな…)


俺は先生の言葉を聞き、胸を撫で下ろした。


「もう聞きたいことは無いかい?」


「あ、はい。ありがとうございました。」


「じゃあ、君の家族には連絡しておくから。あと意識が戻ったと言っても、まだ安静にしておくようにね。」


そう言って担当の先生は病室から出ていった。







「じゃあまず西野に事情を説明しないとな。」


独り言を言いながら携帯を探す。





(…あれ…?)





でも、どこを探しても携帯電話は見つからない。




(…そういえば…)






今になってようやく思い出した。


(…アホか!…何今更思い出してんだ!)


(そうだよ。携帯があれば家族や西野なんかとっくに駆け付けてるはずだろ。)


焦る気持ちが止まらない。


(しかも…携帯は今、犯人が持ってる…)





「失礼しまーす。」


そんな時、看護婦さんが食事を持って病室に入ってきた。


「看護婦さん!すみません、病院の電話貸してくれませんか!?」


「えっ、あ、分かりました。」


看護婦さんは物凄い勢いで言う俺に少し驚き、急ぎ足で病室から出ていった。










しばらくすると看護婦さんが電話を持って帰ってきた。


「あ、ありがとうございます。」


(すぐにかけないと…泉坂を無事に出発しても犯人が同じ電車に乗り込んだ可能性だってある。)


携帯はなくても頻繁に電話をかけている番号なので記憶していた。


俺は番号を入力し、西野に電話をかけた。




『…おかけになった電話は、ただ今、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていません。』


(繋がらない…?…まさか、西野の身に何か…)


そう思ったって今の俺には何も出来ない。







ただ不安が募るだけ…





ただそれだけ…






今自分の周りで何が起きているのかが分からない。そんな混乱の状態に俺は陥った。


そして混乱の中、新たな疑問が浮かぶ。


(…待てよ。いくら犯人が俺の振りをしていたとしても、二日経っても目的地に着かない俺を西野は不思議に思わないだろうか。)


(一度くらいは携帯に電話を入れるはず…犯人はメールはできても電話には出ることはできない。声までは真似できる訳ないから。)




(携帯に電話して出ないなら、俺の家にかけるはず…そうしたなら俺の親も西野も矛盾に気付いて俺の身に何か起きていると分かるはずなのに…)








(…なのに何で…何で西野は一度も電話してないんだ…)





明らかな矛盾。でもそれが何故なのか分からない。





だけど俺の中で、そして俺の周りで、





確実に何かが壊れ始めていた…



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