西野つかさ誕生日記念SS『君恋〜9月16日』 - つね  様




その温もりを感じられる、その時間が大好きで…





そのぬくもりを感じられる、その時間に幸せを感じるから…






だから…今は何も言わずにこの時間の一つ一つを感じていたい。









SS『君恋』〜9月16日〜








「今日も残すところ後少し…か…」


すっかり暗くなった外の景色を眺め、つかさは呟いた。


季節の変わり目を告げる涼しい風が今日は冷たく、そして寂しい。


溜息をついて窓を締めると、携帯電話を手に取った。


「着信もメールも無しか…」


今日になって何度繰り返したであろう、その言葉。


携帯電話を握り締め、ベッドに倒れ込む。


壁にかかったカレンダーにはペンで賑やかに色づけされた一つの数字が目立っていた。


(馬鹿みたい…昨日まではあんなにはしゃいでたのに……)


期待が大きければ大きいほど強く感じる切なさ。



(…淳平くん、忘れちゃったの…?…それとも…)


(…死んでも忘れないって言ってくれたのに…)


三年前、目の前で誓った彼の姿が思い浮かぶ。





「…今日は…あたしの誕生日なんだよ…」





想いを口にした瞬間、涙が頬をつたう。




今日の涙は冷たかった…



そんな風に寂しさに浸っている真っ只中…



「つかさちゃん、ご飯できたわよ。降りてらっしゃい。」


つかさは突然の母の呼び掛けに慌てて涙を拭いて階段を降りていった。


















「わあ…すごいごちそう…」


つかさは目の前の料理を見て思わず声を上げた。


「今日はつかさちゃんの誕生日だから腕によりをかけて作ったのよ。しっかり味わってね。」


つかさの母が笑顔で言う。


「うん、ありがとう。それじゃあ…いただきます。」


つかさも同じような笑顔で応える。


もう充分自立しているにも関わらず、自分の誕生日を心から祝ってくれることが素直に嬉しかった。













夕飯を食べ終えた後にはケーキが用意されていた。


部屋の明かりが消え、ロウソクの灯を吹き消す。


「つかさちゃん、おめでとう。」


「つかさ、おめでとう。」


その瞬間にかけられる両親からの祝福の言葉。




「ありがとう…」




(おめでとう…か…今日は…淳平くんの口から…聞きたかったな…)




















つかさは食事を終えると自分の部屋に戻った。




(…もう…10時……あと2時間で今日も終わる…)





気付くとたくさんの涙が流れていた。





「淳平くん…今すぐ…今すぐ会いたいよ…」





(…今日会うことは…あたしにとって特別だから……だから…)







ピリリリリリッ…




「こんなに遅く…誰だろ…」




そう言ってゆっくりと受信メールを見る。















(…えっ…)















つかさは急いで窓を開けた。




「……淳平くん…」



家の前に一番会いたかった人の姿を確認すると、つかさは駆け出した。







部屋のドアを飛び出し…







階段を駆け降りて…







早く…一秒でも早く会って…












「淳平くん…」








そして一秒でも長く一緒にいたいから…







「にし…」


「もう!どれだけ待ったと思ってんだよ!」


「…ごめん…」








「…でも良かった……もう……もう…来ないかと思ったんだぞ……」




つかさの目から一度は止まった涙が再び流れた。





今日の涙は…温かかった…





「西野!?」


それを見た淳平が自転車から降りてつかさに駆け寄る。



「西野…ごめん…」


「もう…淳平くんのせいだぞ…!」


「……ごめん……」


つかさの涙に参ってしまい、ただ謝るだけの淳平。


情けなくも思えるその行動と言葉も彼の優しさを表しているようで愛しく感じる。



つかさはそんな淳平を見て、涙を拭いて微笑みながら言った。



「…でも…これからその分も楽しませてくれるんだよね?」



「…も、もちろん。」







「じゃあ…よろしくね。」


首を傾け再び微笑む。


「うん、それじゃあ後ろ乗って。」





そして自転車は走り出した。


頬に当たる夜風を心地よく感じる。


つかさは目を閉じて淳平の背中に頭を預けた。






その瞬間、つかさの温もりが淳平に伝わる。






淳平の温もりがつかさに伝わる。





「なんだか…こうしてるとすごく安心する…」


つかさが小さな声で呟いた。



「えっ、そ、そう!?」



「うん…淳平くんの背中あったかい…」



それから二人の間から言葉が消えた。





雲一つない夜空に浮かぶ綺麗な月が自転車と二人の影を地面に映す。






キーコ、キーコ






自転車のペダルを漕ぐ音が静まり返った街に響く。







…お互いの温もりを感じれるこの時間を、二人で噛み締めていた…














…でも…






しばらくすると……












「ちょっと淳平くん!どこ走ってんの!?」


先程まで心地良い音を立てていた自転車の車輪が突然ガタゴトと騒がしい音を立てる。


自転車の車体はギシギシと悲鳴を上げる。


「淳平くん!これちゃんとした道を通ってるの!?」


「えっ、何!?聞こえないよ!」


自転車は道にならない道を走り、二人をどんどんと山の中へと運んでいく。


「西野、しっかりつかまってろよ!」


辛うじて聞こえた淳平の声につかさは淳平の体に手を回しぎゅっと力を込めた。


斜面の角度が急になり、周りに見える木々の数も増えてきた。


自転車は宙に浮いては地面にたたき付けられることを繰り返す。


「きゃっ」


その衝撃につかさは振り落とされそうになり、淳平の体に回した手にさらに力を込める。




淳平の背中につかさの体がぴったりと密着する。


(やば…一気に背中にいい感触が……)


「コラ、今変なこと考えてただろ!」


つかさが淳平の頭を軽く叩いた。


「…いてっ…」


その瞬間自転車が大きく揺れる。


「ちょっと、何やってんの!?」


「西野!手!手どけて!」


気付くとつかさの左手がちょうど淳平の視界を塞いでいた。淳平は前が見えずに慌てている。


「あ…ごめん…!」


そう言ってつかさが手を退けた直後…






「淳平くん!前!前見て!」


「えっ!? うわああああ!」


必死に体を傾け目の前の大木を避ける。




ビリッ





「危なかった…西野!大丈夫!?」



「…服…破けちゃった…」





(…え?…あんまりよく聞こえないけど…何かとんでもないことを聞いたような……)



微かに聞こえたつかさの言葉に動揺する淳平。




大木を避けると木々の群れの出口が見えた。



斜面の角度は無くなり、一気に自転車は加速する。















森林を突き抜けた瞬間、勢い余って二人は宙に舞った。







ガッシャーン




派手な音を立てた自転車とともに二人の体は地面にたたき付けられた。






「いったーい…」




つかさは起き上がり辺りを見渡した。


そこには先程まで生い茂っていた木々は無く、短い草の生えそろうなだらかな斜面になっていた。


横を見ると二人と一緒に空に投げ出された自転車の車輪がガラガラと音を立てて空回りしている。




「いててて…。西野、大丈夫だった?」



さっき地面に腰を打ち付けたようで淳平は腰を押さえている。


(はは、淳平くん、おじいちゃんみたい…)



淳平の姿が目に映ると、どうしても表情が緩んでしまう。



そんな表情を隠すようにつかさはそっぽを向いてわざとらしく言った。



「あたしこの服お気に入りだったのにな〜。破れちゃった。肘も軽く擦りむいちゃったし。誰のせいかな〜。」



「大体さあ…どうしてこんなすごい道通って…」













草の上に寝転んだつかさの言葉が止まった。




















「……綺麗……」













つかさの目の前には満天の星空がどこまでも広がっていた。



「…その…これが俺のプレゼントな訳だけど……どうかな…?」



耳を澄ませば鈴虫の透き通った声が聞こえる。



「…すごいよ………嬉しい…」



「それじゃあ…もう一つプレゼント…」






そう言って淳平はつかさの横に寝転んだ。





そしてつかさの指に指輪を通し、その上から手を握った。







「西野…誕生日おめでとう…」







「淳平くん…かっこよすぎだよ…」




つかさは頬を赤く染めて言った。



淳平の顔も真っ赤になっている。






そして淳平がつかさの手を握る手に力を込めた瞬間、再び二人の間から言葉が消えた。





二人草むらに寝転んで星空を見上げる。






つかさは左手に、






淳平は右手に、






お互いの温もりを感じながら…






一緒にいられる幸せを噛み締めながら…








二人は満天の星空を眺めつづけた。



END