君恋〜春〜 - つね 様
夕暮れのグラウンド。
鉄棒の上で夕日を背に受けた君が大声で叫ぶ。
「好きだあぁぁぁ!!!西野つかさちゃん!!!俺と付き合ってくださっっっ!!!!!」
驚いた。
だって懸垂しながら告白するんだから。
あまりにおかしくて笑っちゃったけど、
それでも…
あたしの答えは決まってたよ。
思えばあの時から惹かれてた。
今年の春の修学旅行のあの時から…
SS『君恋』〜春〜
「…ねぇ、つかさ、大丈夫?」
「………」
「ねぇ、つかさってば!」
「…えっ、何?…」
修学旅行二日目のコース別の研修。
バスでの移動中、友達の声にあたしは振り向いた
「つかさ大丈夫?なんか今日ボーッとしてること多いよ。疲れてるんじゃない?」
「大丈夫だよ。何で?」
「だってあんた昨日部屋に戻って来たの12時過ぎてたでしょ。まだお風呂も入ってないみたいだったし…また男達に囲まれてたんじゃないの?」
「…うん、そうだけど…」
「つかさぁ、早く彼氏つくっちゃいなよ。そしたら周りの男も減るかもよ。つかさならいつでもできるでしょ。」
「…うん…そだね…」
『つかさなら彼氏なんてすぐにできるでしょ』、友達によく言われる言葉…
あたしだってできることなら好きな人と目一杯恋愛してみたい。
…だけど、好きな男の子もいなければ、理想の男性像なんて言うのもよく分からない。
あたしの周りの男子達はいつもあたしを取り囲んで…
羨ましいとか言われることもたまにあるけどそんなことはない。
取り囲まれてるこっちにしてみればいい迷惑。
それに、男の人を見てかっこいいと思うことはあっても好きにはなれない。
付き合ってみれば変わるのかもしれない…
だけど…何かが違う。
……何かが…
……何かが…
しばらくしてバスは目的地に着いた。
「わあ、綺麗…」
バスから降りて目の前の景色を見てあたしは思わず声を上げた。
目の前にある緑に囲まれた広い湖。
あたしの研修のコースはここでボートを漕ぐ自然体験学習だった。
「えー、それでは事前に発表したペアになって並びなさい。」
先生がみんなの前に立って指示を出す。
周りの人達はどんどんとペアを作って並んでいく。
そんな中あたしは取り残された。
あたしのペアだった友達が急に体調を崩して研修に来れなくなってたから。
あたしは先生を呼んで事情を話した。
「……っていう訳でペアがいないんですけど…」
「ん?あ、それならちょうど良かった。おい!真中!こっち来い!西野が余ってるからお前達ペア組め。」
先生が手招きしながらそう言うと、しばらくして一人の男子があたしのところに来た。
「じゃあこれでOKだな。それじゃあお前らは列の後ろにつけ。」
そう言って先生は元の場所に戻っていった。
「なんか、俺達ペアになった…みたいだね。その…よろしく。」
その男子は頭を掻きながら少し頼りなさそうに言った。
「うん、よろしくね。」
知らない人と組むのは不安だったけど何故か少し期待感もあった。
何でか分からないけど……あたしの勘が何かを予感していた。
先生の説明が終わり、ついにボートを湖に出すときになった。
あたし達は一番最後のペア。
あたしは先にボートに乗って、ペアの男子がボートを押す形になった。
「おりゃあああ!」
ペアの男子は力強く叫んでボートを押したけど勢い余って湖に頭から突っ込んでしまった。
「ぷっ…」
思わず吹き出しそうになったけどそれどころじゃなかった。
「ちょ、ちょっと!何やってるんだよ!早く!」
まだ水の中にいる彼に向かってあたしは叫んだ。
「あ、うん。」
そう言うと彼はボートに手をかけてボートに乗り込んだ。
「きゃっ」
ボートが大きく揺れる。
もう今にもひっくり返りそうになってあたしは慌ててボートにしがみついた。
「あ、ごめん。でも慌てないで、じっとしてればすぐにバランス整うから。」
彼はあたしに向かって落ち着いた声でそう言った。
「…うん…」
あたしはその時そう答えただけだったけど、おっちょこちょいだったり冷静だったり、そんな彼がなんだか不思議で、おかしくて、自然に笑顔になってた。
(…なんだか…こんな感じ初めてかも…)
そんなことを思ってた。
用意されたオールは一組。
彼は「俺が漕ぐから周りの景色でもゆっくり見ててよ。」と言ってボートを漕いでくれた。
そんなさりげない優しさが少し嬉しかった。
しばらく経つとあたしたちは広い湖の中心までたどり着いた。
「この辺りで少し休憩でもしよっか、まだまだ時間はあるしさ、」
彼がそう言ってオールを漕ぐ手を休める。
「ありがと、お疲れ様。」
そう言って彼に向かって微笑むと彼は照れ臭そうに目をそらした。
微笑んだ後であたしは気付く。
(…あたし、男の子に向かってこんなに自然に笑えたのって…中学入って初めてかも…)
彼の前だと不思議と安心できて、自然でいられた。
そんなことを思って彼を見ると、彼は周りの景色を食い入るように見ている。
「わあ、やっぱりすっげぇ綺麗だな。これ映像に納めて見たいなぁ。」
小さい子どものように目を輝かせながらそう言っている。
「…映像に…?」
あたしは思わず聞いてしまった。
すると彼はこっちを振り向いて話し始めた
「そう!映像に!あぁ、ビデオカメラでもあったらなぁ…」
そう切り出して更に彼は続けた。
「俺さ、将来映画監督になるのが夢なんだ!だからさあ、自分が映画撮るときにはこんな景色使いたいなぁって。」
「だってさぁ、こんなにいい景色、泉坂には無いし、想像してみろよ、この景色が映像になったらって。」
両手を広げて夢中で自分の夢を語る彼。
…圧倒された…
まるで小さな子どものように目を輝かせて…
だけど大きな夢を語るその瞳は自信と希望に満ち溢れていて、とても強かった。
胸に溢れた気持ちは言葉では言い表せない…
だけど…
…この人は、他のどの男子とも違う…
そう思った。
「…って、ごめん。俺、映画とかの話になるといつもこうなっちゃって…」
呆然としているあたしに気付いてか、彼は申し訳なさそうにそう言った。
…でも呆然としてしまったのは君が思ってるような理由じゃないよ。
「…君…名前は…?」
「えっ、俺?下の名前は淳平って言うんだ。あっ、そうだ君は?」
フルネームのつもりで聞いたのに下の『名前』を聞いたのだと勘違いしたらしく、彼は『淳平』とだけ答えた。
彼はもう、さっきまでの彼に戻っていた。
あたしは聞き直さなかった。 なんだかそんな彼が微笑ましく思えたから、
そしてあたしは笑顔で答えた。
「あたしはね、西野、西野つかさっていうの。よろしくね、淳平くん。」
「…よ、よろしく…」
彼はまた照れ臭そうにしてそう言った。
たぶん、あたしはその時、すごく自然な、いい笑顔を彼に見せていたと思う。
そして…
間違いなく、目の前にいる『淳平くん』に惹かれていた。
今、その『淳平くん』が再びあたしの目の前にいる。
鉄棒にぶら下がったままあたしのほうを見る彼、
あたしの答えは決まってる。
「いいよ、キミとなら…」
君恋〜春〜 おわり