Thank you for your love - つね   様



『ずっと一緒にいようね。』




あの日誓い合ったことを、君はまだ覚えてるのかな。





きっと君は今頃、願いを形にして、僕の知らない顔、どこかで…













-Thank you for your love-













俺は高校を卒業した後、青都大学の芸術学部、映像科に合格した。


夏休みの時点では合格は100%不可能で、周りの人たちからも無理だと言われ続けていた。


そんな周囲の予想を大きく裏切った、大逆転の合格だった。


そして今日もいつも通り大学に来ている。




午前の講義を終え、今はサークルの活動で映画の作成に取り掛かっている。


「はい、カーット!」


「やっぱりこの話は脚本が良いよ、さすが東城!」


先輩たちが東城の脚本を絶賛する。


そう、東城も俺と同じ大学に来ていた。


その理由はたぶん…





俺はと言うと、まだ先輩がいる中、一年生の俺がメガホンを持たせてもらえる訳無く、アシスタントをしている。


しかし、さすが映像科であり、先輩を見ているだけでも良い勉強になる。


「じゃあ今日の撮影はここまで。もう帰っていいぞ。」


部長の声が撮影現場いっぱいに響き渡る。


「部長、今日も良い勉強になりました。あそこのカメラワークなんか特に…」


いつものように部長に話し掛ける。


いつも部長が映画を撮っているのを見るとワクワクしてくる。


「真中、お前本当に熱心だな。どうだ、次の作品お前が監督してみるか?」


「えっ!本当ですか!?」


「ああ、お前の腕には問題無いと思うし、なによりやる気があるからな。それに俺もお前がどんな映画作るのか楽しみだしな。」


「それなら喜んで作らせてもらいます!」


本当に嬉しかった。


一年の俺にとっては信じられない話であり、そして願ってもないチャンスだった。





「真中くん、一緒に帰ろうよ。」


俺が振り返ると東城が笑顔で手を振っていた。


「ああ、東城。今行くよ。」


「それじゃあ部長、失礼します。今日はありがとうございました。」


そう言って、東城の元に向かった。














サークルも帰る方面も同じ俺達はいつも一緒に帰っている。


笑顔で話しながら歩く二人…


周りから見たら恋人同士に見えるのだろうか。


だけど俺と東城は付き合っていない。


「真中くんなんか機嫌良いね、何かあったの?」


微笑みながら東城が聞いてくる。


「あ、そうだ!俺、次の作品の監督任されることになったんだ。」


「えっ!そうなんだ。おめでとう真中くん。」


「それでさ、脚本東城に頼みたいんだけど…大変だよな…先輩たちにも頼まれてるし…」


「いいよ。真中くんと一緒に映画作るのがあたしの夢だもん。
頑張って書くね。」


そう言う東城の顔は本当に楽しそうで、その笑顔にいつも癒される。





俺は確かに東城のことが好きだ。


それでも付き合おうとしないのはきっと…






俺は幸せ者なのだろうか。


志望大学に受かって、映画監督の夢に向かって…


道は順調だ。不安もあるが、それを楽しみが上回っている。


先輩にも恵まれている。






そして…


東城はずっとそばにいてくれている。







自分の今の日常に特に文句は無い。


自分で言うのもおかしな話だけど俺は充実した生活を送っている。


でも、何かが違う…


もしかしたら自分は幸せだと言い聞かせてるだけなのかも
しれない。





帰り道にいつも通る公園に差し掛かったとき、


もう一度自分の心に問い掛けてみた。


俺は本当に幸せなんだろうか。






違う、




俺の夢は全部、





本当は君と叶えたいことだった




……西野……


















今から一年前…


俺は西野とこの公園でキスをした。


そして俺はこの公園で西野を選んだ。


その余韻に浸るように


二人でベンチに座って星を見た。


「淳平くん…」


不意に西野が口を開いた。


「あたしパリに行くのやめるね。」


「えっ、何で?」


俺は驚き、西野の方を見た。


「だって淳平くんとずっと一緒にいたいんだもん。」


西野はつないだ手を強く握った。


「でもパティシエは…」


「パティシエはパリに行かなくてもなれるから…でも…パリに行ったら淳平くんには会えなくなるから…」


俺が口を開こうとすると、西野の言葉がそれを遮った。


「それにね…あたしは…淳平くんと一緒ならどんな未来でもかまわない。」


西野はそう言って微笑んだ。




(西野…そこまで俺のこと…)





俺は手を握り返し、空を見上げながら言った。


「西野…ずっと一緒にいような…」




「約束だよ…淳平くん…」


俺たちはしばらくの間、無言で空を見続けた。


幸せをかみ締めるように。













それから何分か経ち、西野が口を開いた。


「ね、まだ時間あるし、交際記念、二人で祝おうよ。」


「祝うって…どこで?」


「淳平くん、家に来なよ。今日、両親いないからさ、ね。」


俺が返事をする前に西野が俺の手を引っ張った。


西野は楽しそうに手を繋いだまま走る。後ろからで顔は見えないけど、その顔は笑ってるだろうと思った。













そして西野の家に着いてから二人でいちごのショートケーキを食べた。


そのとき、西野の部屋に流れていた曲に俺は聞き入った。


「この曲…良い曲だな。」


優しい歌詞に、切ないメロディ。思わずつぶやいた。


「淳平くんもそう思う?この曲ね、あたしの一番のお気に入りなんだ。」


「俺もたぶん…今までで一番…」


「それならこの曲は今日からあたしたち二人のお気に入りソングだね。」


そう言って西野は笑った




その夜、俺と西野はずっとその曲を聞いていた。


途中からは二人で口ずさみながら、


一緒に歌うと、二人の気持ちが一つになるみたいで嬉しかった。














それから俺はほとんど毎日西野と会った。


辛いことも、苦しいことも、西野がいれば全部吹き飛んだ。


西野がいれば、いつでも幸せな気持ちになった。


二人でいる時間が、本当に好きだった。


もう決してこの関係は崩れることは無いだろう


そう思ってた…












そして迎えた次の年の2月14日…








俺は西野と公園で待ち合わせた。


バイトがあった西野は少し遅れて来た。


「ごめん、待った?」


「いや、俺も今来たところだし。」


少し気の利いたことを言ったつもりだった。


でも、


「嘘、頭に雪積もってるぞ。」


俺の頭の雪を払いながら西野は言った。


俺の嘘はいつもすぐに見抜かれてしまう。


君は勘が良いから、





その後、遊具のトンネルの中で西野のチョコを食べた。


隣にいる西野は、すぐに感想を聞いてくる。


「ねえ、どうかな?淳平くん。」


答えは一つしかなかった。


「おいしい…本当においしいよ…」


このチョコを食べてなかったら、未来は変わっていたのかな…


そんなことを今でも思う。


「淳平くん、あたしたち約束したよね…『ずっと一緒にいよう』って…」


しばらくして西野が口を開いた。


「うん。だけど急になんで…?」


「あたし…日暮さんに言われたんだ……今の腕なら絶対に通用するから、留学しなきゃもったいないって…」







(…え…?)


「ねえ、淳平くんはどう思う…?」






(俺は…行かないでほしい、)


「俺は…」




口を開きかけた瞬間、さっきのチョコの味が思い出された。




西野のチョコは今まで食べたどんなチョコよりもおいしかった。本格的にパティシエ目指さないのがもったいないくらいに…









「…西野、行ったほうが良いよ…パリに…」







「そっか…そうだよね…淳平くんはあたしがいなくても大丈夫だよね……でも、あたしは…」



「西野…?」





「…なんてね。今日はチョコ食べてくれてありがとね。あたし頑張るから。」




走り去る西野に俺は何も言えなかった。




言いたいのはこんなことじゃないのに…




どうして言葉が出てこないんだろう。




それはたぶん、西野のチョコがあまりにおいしかったから…




改めて西野の才能に気付いたから…


















そしてとうとう西野が飛び立つ日が来た。


フランスへの留学は一、二年で終わるものでは無く、両親の意見により向こう
に家を移し、かなりの長期間にわたってパリに住むらしい。


あと数時間で西野はもう会えない人になる…


あんなに同じ未来を描いてたのに…






俺は空港のロビーで西野を見送った。


西野は笑顔で友達と話している。


そして最後に俺の前に来た。




「淳平くん。今までありがとう。淳平くんに会えて本当に良かった。」


「西野、頑張ってな…」


「うん、淳平くんもね…」


俺は笑顔だった。




いや、笑顔を作っていた。




悲しい顔をすれば彼女の決断を鈍らせてしまうから…




最後くらいは明るく見送りたかった。




夢へ向かう西野を応援したかった。









ロビーにアナウンスが流れる。


「そろそろ行かなきゃ。」


西野は最後に振り返ってこう言った、






「淳平くん、あたしのことは忘れてね…」







あの時の西野の顔は今でもはっきりと覚えている。






満面の笑顔、






なのに、






目にいっぱいの涙…


今にも壊れそうな切なく、悲しい笑顔だった。



気付けば俺の目からも涙が溢れていた。



西野の背中はあっという間に見えなくなった。


俺は何も言えずその場に立ち尽くした。



言葉が喉の奥につっかえて出てこなかった。


(これで…良かったん…だよな…)


西野が飛び立った後、


そう思ってるのにとてつもなく胸が苦しかった。




全部西野のためだと思ってたのに、それが一番西野にとって良いことなんだって…













人は人を思いやれば思いやるほど出口の無い迷路に迷い込んでいく、






あの時こうしていれば…思ってももう遅い、






君はもう僕の手の届かないところへ…



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