海の妖精こぞりて鐘を打ち鳴らす

聞け かの鐘の音を

ディン・ドン・ベル


戯曲『真夏の夜の夢』 ウィリアム・シェークスピア





甘やかな唇はやさしく貴女にふれる

最後に行きつく先はいつも同じ

熱き甘露に吐息がかかる





いちご100%
最終回記念ショートショート
『真夏の夜の夢』その一






(初めて別荘に来た四年前の夜はお祭の後、同じ布団に入って話しをして頬にキスしてくれたっけ。)


改めてここに来るとタイムマシーンに乗って過去に戻ったような錯覚を真中は受けていた。

あの時も二人きり、そして今も邪魔するものはいない。


『・・・昔にタイムスリップしたくなったら、その時は俺も一緒に行くから!!』


今は過去に、

過去は未来に。

笹舟は夢を運んで大海原へ、そして二人を引き合わせて戻ってきた。

天空は紺色から藍青色へ、そして限りなく黒い群青へと変わっていく空を見詰めながら空白の四年間を想う。

古い造りの台所で遅めの夕食の準備をつかさはしている。

愛しい人の世話を焼く為にいそいそと台所に立つつかさの細い身体が、楽なものではなかったことを物語ってる。

包丁が刻む心地よいリズムとおいしそうな匂いが、幾星霜の星の瞬きはじめた空と畳と蚊取り線香の香りに満ちた空間を満たす。

真中の心も今宵の月の様に満ちてくる。

彼女の微笑が全て。

彼の傍らにいることが全て。

もうどこかに行く必要もない、どこにも行けはしないのだ、どこにいても同じなのだから。



飯台の上にはランチョンマット、白い洋食皿にはつかさお手製のパスタ料理。

オリーブオイルのヴァージンエキストラをたっぷり使った、真中が好きなカリカリに炒めたニンニク入りの夏野菜とベーコンのオイル系パスタと、ジャガイモの冷たいスープであるビシソワーズが並んでいる。

洋食のスープ皿のない別荘だから冷スープは汁碗に注がれているが丁寧にジャガイモが裏ごしされて、滑らかな口当たりが油っぽい口の中をさっぱりさせてくれる。

つかさにとって一番大切なのは暖かな食卓の向こうに渇望してやまない人がいること。

どんなに手をかけても惜しくはない、むしろ手伝おうとする真中を『そこに座ってテレビ見てればいいから!楽しみに待っててよっ!!』と、退散させる勢いだ。


「ねえ、スープちゃんと冷えてるかな? 美味しい?」


はにかみながらつかさは聞いてくる。


「ああ、うまいよ。 ジャガイモの冷たいスープなんて初めて飲んだよ。

スパゲティーの方は特にニンニクが効いててうまいし、

隣のおばさんから貰った野菜が甘くてうまいな〜

全部うまいよ、おかわりある?」


つかさの料理の腕前に真中は心底感心する、中学の時の独特の創作料理を作ろうとした頃と比べれば尚更だった。

月日は人を進歩させていく。


「うんっ!!パスタもスープも少し多めに作ったからたくさん食べてね」


「じゃあ、おかわりっ!」


「は〜い」


にかっとつかさは満面の笑みで答え、受け取った皿にフライパンの上でまだ熱いパスタと夏野菜を盛り付ける。

明るい食卓、二人はしたかった事を大人になった今しているのだ。

二人が知り合って七年、空白の四年、恋人未満だった一年半、

そして正式に恋人同士だったけど子供だった一年と、大人の関係だった夢に旅立つ前の半年。

付かず離れずに離れたはずの二人はいた。

子供過ぎて気付かない事ばかりだった、でも心は最後に一つになったのだった、四年間離れていて連絡がなくても絆が再び心を一つにさせた。

熱く見えない楔の様に二人には積み重なった思い出があったのだから。

そして身体も・・・触れ合うほどに離れられなくなっていく、そして離れる必要も既にない・・・。



つづく