こんなにすきになって
こんなにきもちがいっぱいになるなんて
おもわなかった
いちご100%
最終回記念ショートショート
『dolce vita』
夕立は夏の遅い落日の前に降り止み、早くも路面や家の塀や壁を乾かしていく。
きらきら光る露が雨の名残りだった。
夏の深い緑が風にゆれ昼間の草いきれとは違い蒸し暑くなく、清々しい風が稲田の上を走る。
風呂上りの蒸れた肌に風が駆け抜け汗を飛ばしていく。
真中はお線香とお米の入った巾着を持って、つかさは財布を片手に一軒しかない商店へと向う。
店のおばさんが言うにはお盆には早朝に朝市が開かれ、そこで皆が花を買い墓参りを涼しい内にするのだと言う。
花を供えるのは明日にして今日は掃除にとどめておくことにした。
残った数本の菊花から花びらがホロホロと舞った。
寺の裏山に行き墓参りをする。
墓地前のトイレ横のひさしの下には、○○家と太文字のマジックインキで書かれたバケツと柄杓が所狭しと並んでいた。
つかさは慣れた手つきで西野家のバケツを取ると、『井戸水です飲めません』と札の付いた蛇口から水を入れる。
墓の周りの草むしりをしゴミを手で取る。花受けと水受けの汚れた水を捨てる。
新しい水と生米を一つまみ、線香を一束火をつける。
終始無言のまま、夏の墓地は蝉の声と耳の周りを飛ぶ蚊の羽音だけ聞こえる。
自然と二人は並び手をあわせる。
そこに眠るのはつかさの祖父母である。
死別したその時からつかさは一人で家にいることが多かった。
母が病気療養で家に居ないからなのだが、わがままは言わず精一杯に応える。
『ちゃんとできるよ、ひとりでるすばんできるもん』
孤独を訴えることはなく泣く事もなかった、病気がちの母を困らせることはなかった。
幼くとも理解はしていた。
永訣を、死を。
カナカナと揺れるように強弱をつけヒグラシは鳴く。
暮れゆく空は薄桃色から紺色へと変わる。
『おじいちゃん、おばあちゃん、きょうはあたしのだいすきなひとをつれてきました。』
『このひとのまえならあたしなけるの、
なくとね、おんなじなきそうなかおしてだきしめてくれるの。
それでね、ぜったいはなれないって、そばにいるって、
あたしがいやっていってもはなれないって・・・うふふ・・・おかしいでしょ・・・。』
『もうあたしひとりじゃないんだよ』
祈りの声は聞こえない、しかし伝わるものがある。
細い肩が一層小さく感じる。
顔を上げ見詰める、真中はにっこりと笑う。
反対側の腕を掴まれ引き寄せられる。
顔は胸に腕は背中に。
髪を揺らす風は爽快。
空には一番星。
すきなひとにつつまれる。
『dolce vita』はイタリア語。
読みは『ドルチェ・ヴィタ』訳は『甘い生活』
同名の映画でフェデリコ・フェリーニ監督作品があります。