【5章 望みとその世界】 - りゅうか 様
「い、いや、べつに、俺、映画見るのは好きだけど、撮るのは・・・
・・・やらない・・・かな」
その声は、持ち主の部屋の中、溶けるように消え去った。
5章 【望みとその世界】
淳平の、その言葉を聞いた時、つかさの表情は、驚きに染まっていた
淳平に、返す言葉も出てこない。
いや、それどころか、声も出なかった。
「ど、どうかした?」
そう言ったのは、彼女より、さらに驚いている淳平。
声も出ないつかさを心配して、何とか近づこうと奮闘している。
足下を踏み分け、20秒も経っただろうか、ようやく、つかさの隣に
たどり着くと、少し離れた場所に不安げな顔でしゃがみ込む。
「お、俺なんか変なこと言った?」
心配そうにそう言いながら、つかさの顔色を覗く。
顔を赤く染めた淳平に目をのぞき込まれ、淳平ほどではないが、つか
さの頬が、赤みを帯びた。
「な、何でもないって!」
慌てたように、そう叫ぶ。
そして、窓のそばで寝ころんでいるララに、目で問いかけた。
(何で、淳平君の夢が映画監督じゃないの?!)
通常、目で何かを語りかけたとしても、それが通じることなど、まず
無い。
だが、今回のこれは、彼女にとって、予期していた質問事項のよう
で、ほとんど即答と言った速さで返事が返ってきた。
まあ、答えには、なっていないが・・・
「そんなのあたし知らないよぉ。でも、映画は撮んなきゃ、帰れない
よ」
その、つかさにしか聞こえないその短い文章には、悪戯好きの子供の
様な、皮肉めいた音が含まれていた。
(ど、どうすればいいのぉ)
そんな彼女の隣で、淳平は、先程から何もない窓を見つめ続けてい
るつかさのことを不思議そうにみていた。
「ほら、後つなげないと淳平が困ってるよ♪」
ララが愉快げにそう言うが、当然何と言っていいか分からない。
だいたい、何故、映画を撮る必要があるのだろう。
未来に戻るため?
今、冷静になって考えてみると、馬鹿げた事の様に思えてくる。
きっとこれは夢か何かだろう。
すぐに目が覚める。
でも、何でこんな夢を見るのだろう。
それは・・・・・・それがあたしの今望んでいる事だから?
そう、今、あたしの一番望んでいること・・・・
中学校3年生の夏。
この頃は、悩みなんか無くて、進路のことも漠然としか考えてなかっ
た・・・・・・・
そして何より、もう一度、淳平君の彼女になりたい。
あたしだけを見ていて欲しい。
今のこれは、その願いを神様が聞き入れてくれた結果かも知れない。
たとえそれが、すぐ覚める世界だとしても・・・
たとえそれが、儚すぎる夢でも・・・・
朝になるまで・・・・・・
目が覚めるまで、この夢の中にいたい。
ならば、映画を作るというのも良いかも知れない。
淳平君と二人で・・・
「淳平君!あたしと一緒に映画作ってみない?」
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