はなさないから9

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淳平が玄関に入ると、母が奥からやってくる。母の顔を見た瞬間、胸に言いようのない


不安がよぎる。その不安を無理やり押さえ込み、淳平は口を開く。


「おふくろ、話があるんだけど。。。」


意を決したように母に告げる。


「あたしも話があるから、奥に来なさい。」


母は、淳平に静かに告げた。声は静かだが、顔付きは険しい。


母の険しい表情の理由が判らないまま後に続く。


「淳平、座りなさい。」


居間のテーブルを挟み、母と向かい合う。淳平は何から話したものかと


逡巡する。すると、母の方から口を開く。


「淳平、真面目な話があるの。」


険しい表情は崩れていない。普段と違う母の表情に先ほど押さえ込んだ不安が


再び頭をもたげる。


「さっき、西野さんのお母さんから電話があったの。あんた、つかさちゃんに


 何したの?大まかな所は、あちらのお母さんから聞いたけど、あんたの口から


 詳しい所を説明して頂戴。」


険しい表情もそのままに、淡々とした口調で言葉を継ぐ母。その口調が、事の


重大さを示唆している様で淳平の胸に圧し掛かる。


「俺も、その事で話さなきゃいけない事があるんだ。」


淳平は京都での出来事を母に語り始めた。テーブルの一点を見つめ、一切の


誇張もなく、唯、事実のみを淡々と語っていく。


京都での出来事を語り終えた後に、俯いていた顔を上げ、更に言葉を継いで行く。


「今日、学校で西野の友達と会った。西野、退学になるらしいんだ。。。」


母は、淳平の言葉を聞き終えると、小さくため息をひとつ付き、口を開く。


「なるほどね。。。で、これから、どうするつもりなの?」


表情は険しいままだ。淳平の目を見据え、その真意を探っている様にも見える。


淳平は母の視線を真っ向から受け止めて答える。


「俺は、西野の力になりたい。さっき西野に会ってきた。自分が、あんな


 状況なのに、俺の顔見て笑ってくれるんだ。側に居て、あの笑顔を守って


 いきたいんだ!」


母は、淳平の言葉を聞き、また、ひとつため息を付く。


「あんたの意気込みは判ったけど、あたしが聞きたいのはそんな事じゃない。


 守りたいって言うけど、具体的にどうするの?世の中、あんたが思ってるほど


 甘いもんじゃない。高校退学になったって事実は、つかさちゃんに一生付いて


 回るのよ?それについて、あんたは、つかさちゃんを、どう守るって言うの?」


母の言葉に淳平は絶句する。確かに、つかさを守りたいと強く思う淳平だったが


具体的にと言われると何も考えていなかったのが現実だった。母は、更に淳平に


向かって言葉を続ける。


「あちらのお母さんには、二人の責任だから淳平だけを叱らないで欲しいって


 言われたけど、あんたの話聞いたら、どう考えてもあんたが悪い。その状況で


 なら、あんたの言葉につかさちゃんが嫌って言えないのは少し考えたら判った筈。


 あんたの思慮の足りなさが、今の状況に繋がってるの。しかも、守りたいって


 言ってる割には、具体的なことは何一つ考えていない。もう一度言うけど、


 あんたが思ってるほど世間は甘くないわよ?」


母の言葉は、未だ実社会に出ていない息子の甘い考えを容赦なく突いていく。


今までの淳平ならここで言葉に詰まり、終わっていたのだろうが、尚も


言葉を返していく。つかさを守っていきたいと思う一心で。。。


「確かに、俺は社会の厳しさなんか判らないガキだけど、西野を守る為なら

 何だってやってみせる。退学のレッテルが一生付いて回るのなら、俺は
 西野の側に一生居て、あいつを守る。」


淳平は拳を硬く握り締める。。。

 

 

同時刻:西野邸


「。。。。って、思ってるんだけど、どうかな?」


母に自らの考えを打ち明けるつかさの顔には、母が出がけに見た疲れ切った


娘の表情は無かった。普段の明るい表情に、いや、それどころか幼子が何か


悪戯を画策しているかのような、ワクワクしているかの様にさえ感じられた。


(これが、淳平君効果か。。。やっぱり、親より好きな男の子の方が効果大


 か。。。ちょっと、複雑よねぇ。。)


ほんの数時間の間の娘の変わりように、思わず苦笑いがこぼれる。淳平が


つかさの家を出てから30分ほどしてから、つかさは目を覚ました。目を覚


ました時、淳平が居ないことに気づいたつかさが側に居た母に泣きそうな顔


を向けたが、母に、父親とかち合う前に帰したと聞くと、安堵の表情を見せた。


「よかった。。。淳平君が来てくれたの夢じゃなかったんだ。。。」


愛しい人に自分の気持ちが通じて来てくれた。それが夢ではなかった。思わず


涙がこぼれそうになる。母に淳平の印象を聞いてみる。


「まぁまぁかな?思っていたよりは、しっかりしてたわね。」


笑顔で答える母の言葉を聴いて、自分が褒められた様で少し照れ臭かった。


そんなやり取りの後、つかさは、淳平と一緒に居たときに決めた、自らの


考えを母に打ち明けてみた。


「そう、出来るに越したことはないけど、彼、心配するわよ?」

 

 

同時刻:北大路邸

 

 

「ただいまー。」


さつきが玄関に入るや否や、弟が駆け寄ってくる。


「ねぇちゃん、腹へったー!」


時計を見やると、母がパートから間もなく帰ってくる時間だ。


「もうすぐ母さん帰ってくるから、それまで待ってな。今食べると晩御飯入ら


 なくなるよ!」


弟に言い放つと自分の部屋に向かい、鞄を放り出し、着替え始める。赤いトレー


ナーに袖を通しながら、ふと、その手が止まる。今日、帰り際の事が思い出される。


(西野さん、何があったんだろう。。。)


(真中、すごく心配してた。。。)


思わず止まってしまった手を再び動かし始める。


(あたしに何かあったら、真中、あんなに心配してくれるかな?)


(これ以上、真中と西野さんの距離が近くなったら嫌だな。。。)


漠然とそんな事を考えていたさつきが、ふと、我に返ったかのようにハッとして


複雑な思いに顔が歪む。


(あたし、何考えてんだろ。。。あたしってこんな嫌な性格してたっけ。。。)


思わず自嘲気味な苦笑いがこぼれる。

 

 

つづく