「Last smile」 bP



夏の暑い草いきれが吹き出た汗を僅かにぬぐう。
長い間かがんでいたせいで、背伸びをするとぱきぽきと骨が鳴る。

「くあああっつうー、背骨が腰がぁあああ〜・・・」

本当ならアイツもいなきゃいけない、
アイツの頼みだから夏の容赦ない日差しの下で草むしりなんかしているのだ。
木陰ですっかり温くなったヤカンの麦茶を直接飲む。

「ぷっはぁー、うめえ、しかしどこにいるんだ? 」

麦わら帽子を斜に構え遠くに見える小川を見ると、
見覚えのある白いワンピースを着た少女が高い声をあげて笑っている。

「あはは、気持ちいいなあ〜♪スイカ早く冷えないかなあ〜んふふふん」

足元のスイカをぽんぽん叩くと『にこっお』と笑ってる顔が離れていてもわかる。

二人の間には舗装もしていない田畑のあぜ道しかない。
一番近い道路でさえ人影も車も数時間見ていない。

青田にはしる影は鳶の影、
人間より虫や動物たちの方が多い夏の山河。

ここは唯の実家
俺は高校最後の夏休みをここで過す事にした。


「唯ー!スイカ持ってこいよ、落とすなよー」

「あんもう、唯が落とすわけないでしょ、もう」

よいしょと川から持ち上げたスイカが目測を誤り河原を転がる。

ごしゃっごろんごろん

「あっしまっ、割れてるー、やっちゃった・・・」

「さあっそく割るなよ、しかし切る手間が省けたな、このまま食べようぜ」

肩のタオルで汗を拭きながら、ゆっくり近づく真中。
苦笑しているのだが、あくまで眼差しは柔らかい。

川の涼しい風を受けため息一つ、
ズボンの裾を三つ折り、腕まくりして日焼けした二の腕を見せる。
川岸の岩に腰掛けるとスイカのカケラを取り、口に頬張る。
足首は小川の清流につけて涼をとる。

「うめーな、甘い、これくらいの冷え加減が一番いいな」

「でしょ、唯が冷やしたんだよ〜」

「お前なあ、スイカと遊んでただけじゃねえか、たく、
 お前がいきなり花を植えるなんていうから俺は、こんな熱い思いをしてだなあ」

のんびり顔の唯に一言行ってやりたくなったのだ。
しかし唯はそんな真中を一蹴する。

「でも、暇だったんでしょ? よかったじゃん、仕事が出来て」

「うぐっ、そ、それは・・・」

川縁の木々たちが風を呼びさわさわと葉を揺らす。
せみが盛大に我夏とばかりに鳴いている。
下草辺りでは虫達も呼び合い語り合っている。
田舎の夏はとっても賑やかだ。


だがどれも二人を邪魔するものじゃない。
正午近い真夏の川縁で、白いワンピースの少女が笑う。
影は真下にしか出来ない。
陰影のくっきりした世界で白いそれは眩しいほど輝いている。

目を細めて麦藁帽子の下から見詰める。
旧知の仲である筈なのに別人のようだ。
否、子供から大人へ変化してるだけかもしれない。
蝶が羽化するように、未だ自分の知りえない何かに。

「ならいいじゃん、三年のくせに夏期講習やめちゃったんでしょ、
 このままここにいたら?お父さんも喜ぶし、ねえ」

「喜ぶってそれは・・・(跡取りかよ、田舎の農家の・・・、洒落にならないなあ)
 まあそれよりも、もう少しで昼だぜ、帰ろう」

話題を切り替えるべく立ち上がり、かごにスイカだったものを入れると、
ヤカンと共に、大八車に歩き出す。

「あー、話し変えようとした〜」

「腹減ったな、早く乗れよ、置いてくぞー」

慌てて駆けた唯は荷台にちょこんと乗ると、足をばたばたさせて指揮をとる。
唯の隣にはヤカンが鎮座し、並んでる姿はほほえましい。

「発射オーラーイ♪」

「へいへい」

大八車は刈り取った草と唯を乗せ、凸凹道をゆっくり真中が引いてゆく。
どこから見ても農家の若夫婦なのだが、それを指摘する人は生憎いない

「やけに蒸し暑いと思ったら曇ってきたな、やれやれ、急ぐか・・・」

ごごん、ごごごご、どどん

遠雷が響く。



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