[memory]11 - takaci 様
理沙の店を訪れた若い女性が引き起こしたお化け騒動。
その場に居合わせた全ての人間が驚いたが、一番驚いたのはお化けにされた理沙本人だった。
はじめはただ訳が分からず頭が真っ白になっていたが、タイミング良く理沙の母が帰ってきて(淳也は保育園の友達の家に置いてきた)事態の収縮に当たったので騒ぎは収まった。
「そうなんですか、娘さんの亡くなった先輩があたしにそっくり・・・」
ようやく原因を知った理沙は改めて騒ぎを起こした女性に目をやると、ずっとハンカチで目頭を押さえていた。
理沙の母が聞き出したところ、この地に観光で訪れた南戸一家は遅い昼食を取るために偶然この店にやって来て、一人娘の唯が理沙の姿を見て本当に心底驚いたそうだ。
理沙よりひとつ年上の23歳の唯は、高校時代は東京に住んでおり、通っていた高校の1年上の先輩が理沙に瓜二つとのことだ。
唯はその先輩の事をとても慕っていたのだが、唯が高校3年の時に不慮の事故で亡くなってしまい、何日も泣き続けた。
そんな先輩にそっくりの人物が5年の歳月を経て突然目の前に現れたのだから、唯の驚きぶりも判らないことはない。
(でも子供じゃあるまいし、いきなり『お化け』呼ばわりはないと思うなあ。この子あたしよりひとつ年上だけど、なんか年下に見えるし・・・)
(そういえば東京に行ったとき、デパートの店員さんにも同じような理由で泣かれたっけ。たぶん同じ人なんだろうなあ・・・)
物産展で出会ったトモコの顔を思い出す理沙。
「本当に申し訳ありません。娘が失礼なことを・・・」
「ごめんなさいね。こんな綺麗なお嬢さんを捕まえてお化けなんで・・・なんてお詫びしてよいやら・・・」
唯の両親は理沙に向けて何度も何度も頭を下げた。
「あっいえそんな・・・あたしは平気ですから・・・」
この状況は理沙が被害者だが、それでも観光のお客に謝られると返って恐縮してしまう。
「せっかくだからあたしの料理を食べてってください。もういつもより腕によりをかけますから! ねっ、唯ちゃんももう泣かないで、あたしの料理食べてって」
理沙はずっと泣きじゃくる唯にやさしく接した。
「ちょっと理沙、年上のお嬢さんに向けて『ちゃん』付けはないんじゃないかい?」
理沙の母は娘の発言に顔をしかめる。
「あっ・・・ご、ごめんなさい!!つい・・・」
今度は理沙が謝る番だ。
だがこの理沙の発言で、唯のスイッチが入ってしまった。
ずっと押さえていたものがこみ上げ、感情が暴走してしまう。
「その声・・・その呼び方・・・やっぱり西野先輩だよ・・・」
唯は涙を流しながらぼそっとつぶやき、
「きゃっ!?」
突然立ち上がり、理沙にしがみ付いた。
「ねえあなた西野先輩でしょ!! あの優しくってかっこよかった西野先輩ですよね!! ねえそうだって言ってください!!」
「ちょ、ちょっと・・・唯ちゃ・・・」
涙を流して迫る唯の気迫に押され気味の理沙。
「だって声も雰囲気もそっくりだし、あたしより年下なんて信じられないよ!! 何でこんなところで別人になってるんですか!! ねえ西野先輩!!」
「ちょっ・・・別人って・・・」
「昔の事忘れてるんですよね!! だったら思い出してください!! じゅんぺーや東城さん、さつきちゃん、トモコ先輩、ケーキ屋さんの日暮さん、みんなみんな先輩が生きてるって知ったら喜んでくれます!! だから思い出してください!! ねえ思い出して!!!」
唯のボルテージはどんどん上がっていく。
「唯、止めなさい!!」
唯の両親は慌てて理沙から娘を引き離し、
「本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした。では・・・」
そして泣き叫ぶ娘を引き連れ、逃げるように店から出て行った。
(な・・・なんなのあの子・・・)
理沙をはじめ、店にいた全員が店の扉をボーっと見つめていた。
店の中は、まるで嵐が過ぎ去った後のような雰囲気だった。
その日の夜、理沙は荒れていた。
「ふーっ!」
母特製の梅酒を何杯もグラスに注いでは飲み干して行く。
(ああ・・・ワシの梅酒が・・・)
その様子をやや悲しい目で見つめる理沙の父。
本来この梅酒はほぼ理沙の父専用になっているのだが、このように荒れると理沙に取られてしまう。
そして父には荒れている理沙を止める力はない。
ちょうど飲み頃になっている梅酒だけに、父の悲しみは相当なものだった。
「全くこの子は・・・そんなに荒れないの!ほらほらお父さんの梅酒、なくなっちゃうでしょ!!」
「たまには憂さ晴らしもいいでしょおお!! 今日は本っっ当に腹立ったんだからあ!!」
理沙の怒りは収まらない。
理由はもちろん、あのお化け騒ぎと唯である。
唯たちが過ぎ去ってしばらくは呆然としていた理沙だったが、時間が経つに連れてだんだんと怒りがこみ上げてきた。
「なによあの子!! あたしがそんなに老けて見えるってわけ!! そりゃ子供が居ればそれなりに大人になるんだから当然でしょ!! なのにあたしの気も知らないで・・・」
さらに理沙はグラスに梅酒を注ぐ。
「ワシの梅酒・・・」
ついに梅酒は無くなってしまった。
「それにあたしは上岡理沙!! 西野って女なんて知らないよ!! 向こうの都合でそんなわけの分からない女にさせられるなんて・・・あ〜〜〜っもう!!」
勢い良くグラスを飲み干し、
「ふ〜〜〜〜っ、 もう、何でこんなにいやな気分になるんだろう・・・」
大きく息を吐く理沙だった。
「あ〜〜あ、こんな姿、とてもじゃないけど淳也には見せられないねえ・・・」
娘の荒れっ振りに呆れる母。
既に夜もだいぶ更けており、淳也は隣の部屋で寝息を立てている。
「でも、その女の事が気になる理沙であったとさ、マル」
そんな理沙に茶々を入れるのは、歩美だった。
荒れる理沙を静めるため、理沙の母が呼んでいた。
「ちょっとお、らによそれえ!?」
理沙は思わず噛み付くが、酔いが回って上手く口が回らない。
「その西野って女に見られていやな気分になるのも分かるけど、それがどんな女なのか分からないからいやなんでしょ?いい女って言うか、きちんとした人間に見られてるんならそんないやな気分にはならないでしょ?」
「あたしはあたし!どんな人間でも他人と比べられるのはいやなの!!」
「あっそうだった。そういえば理沙ってB型だったよねえ」
「そんなの関係ないでしょお!!」
理沙の怒りは収まるどころか、より膨らんでいるようだ。
「なあ理沙、そんなに気になるなら東京行ってきたらどうだい?」
「「「ええっ!?」」」
理沙、歩美、父の3人は母の思わぬ発言に驚く。
「あんたが何を言ってもその西野さんって女性を気にしてるのは分かる。だったら東京に行って気の済むまで調べておいで」
「ちょっ・・・お母さんいきなり何言い出すのよお!?あたしはそんなに気にして・・・」
「口で行っても料理の味には表れとる。今の理沙にこの店の厨房は立たせられんよ」
「うっ・・・」
母の言うとおり、騒ぎの後の理沙は心が落ち着かず、それが料理の味まで影響が出てしまった。
普段は客からの不評はあまり聞かないが、今日は『いつもとだいぶ違う』とか『味がおかしい』という常連客の厳しい言葉が出たほどだ。
「理沙は今日までホント働きづめだったから、たまには羽を伸ばしてひとりで楽しんできなさい。確か東京の泉坂ってところだって聞いたけど、他にいろいろ見物する場所もあるだろ?」
「ひとりって・・・淳也はどうするのよお? それにお店もこれから忙しくなるんだし・・・」
「大丈夫だって。淳也はあたしらに任せときなさい。それにお店だってあたしが厨房に立てばいいし、それに援軍も居るしね!」
理沙の母はそう言いながら歩美の顔を見つめている。
「えっ??」
翌日の理沙の店。
「いらっしゃいませ〜〜〜」
常連客に挨拶する若い女性の声が響く。
「あれっ、歩美ちゃん?」
常連客が歩美のエプロン姿に驚いた。
「なんで歩美ちゃんが?おばさんはどったの?」
「おばさんは厨房で、あたしは援軍。今日からしばらく理沙は東京行って居ないから」
「ええ〜〜っ!?」
「そんなあ、理沙ちゃんの料理食べれないのかあ・・・」
がくっと落胆する常連客たち。
「ちょっとお、そんなに落ち込まないでよお。おばさんの味も理沙に負けず劣らずだし、若い美女のあたしが接客するんだよお!」
歩美がそう言っても、
「でもなあ、理沙ちゃんの料理が食べたかったんだよなあ・・・」
「たとえ姿は見えなくとも、時折聞こえる理沙ちゃんの声だけでも癒されるんだけどなあ・・・」
そんな事を言いながら店から出て行こうとする。
「ちょ、ちょっと・・・」
まだ接客に慣れていない歩美では止められない。
「くぉらあああ!!! 歩美を無視して出て行くとは何事だああ!!!」
そこにやって来たのは歩美の恋人となった学。
しかもその後ろには役場の同僚たちがずらり。
「学!!」
愛する人の登場に歩美の瞳は輝く。
「歩美のために客をたくさん連れてきたぞお!! 理沙が留守の間を任されたんだろ! じゃあ俺も協力するぜえ!!」
「学、ありがとっ!!」
真っ昼間から抱きつく二人。
結局、帰ろうとした常連客も役場の職員たちに押されてテーブルに付いてしまった。
「はあ〜〜っ、忙しいねえ」
理沙の母はそう言いながらも表情は明るい。
久々に立つ厨房だが2年前までは毎日立っていた場所であり、たまに理沙がいないときは自ら腕を振るっているので不安は無い。
「さあ〜〜〜って、あの子の分まで頑張りますか!!あたしだってまだまだ現役だからね!!」
晴れやかな表情で手早く仕事をこなして行く。
「・・・ひょっとしたら、あの子はもうここに立たないかも知れないからねえ・・・」
一瞬、表情がさっと曇る母だった。
そして理沙はひとり、東京行きの新幹線に揺られていた。
NEXT