C-19 -
takaci 様
3月下旬。
修了式の放課後。
あゆみはひとり屋上でポツンと佇んでた。
その表情はいつもの無邪気な笑顔は影を潜め、どこか神妙な面持ちを見せている。
春の暖かい風があゆみの髪をなびかせる。
寂しげな表情は変わらない。
持ち前の明るさと元気さはすっかり影を潜めていた。
「やっぱここにいたか、有原」
呼ばれて振り向くと、入り口に佐藤が立っていた。
佐藤もまた、どこか神妙で悲しげな面持ちだった。
「佐藤か。あたしなんかに用があるの?出来ればひとりにしてほしいんだけど・・・」
「そうやって悲しんで悔やんでいても、失ったものは戻ってこないぜ」
佐藤がそう言うと、あゆみはハッと緊張した面持ちを見せた。
佐藤は悲しげな表情を見せながら、あゆみにゆっくり近付いていく。
「いつの時代でも、どんなものでも、無くしたときに初めて失ったものの大きさに気付くんだ。でもそれをいくら悔やんでいても無くしたものは帰って来ないし、時だって戻らないんだ」
「そういえばアンタは妹を亡くしてたよね。だからかな、言葉が重いや・・・でも、じゃあどうすればいいの?笑って過ごせって言うの?そんなの無理だよ。だってあたし、小宵ちゃんを・・・」
あゆみの表情がますます暗くなっていく。
「責任感じてるなら、それで十分だ。これからは自分の力を自覚して、同じ過ちを繰り返さないように自らの力の使い方に留意するんだ」
「あたしの力ってなに?そんなこといきなり言われても分からないよ・・・」
「有原、お前は言葉が強いっつーか、鋭いんだ。だから心の弱い人間にはお前から発せられた言葉がグサッと突き刺さる。それは時と場合によってはどんな刃よりも鋭いんだ」
「言葉が刃より鋭いって言われてもイメージ沸かないけど・・・」
「じゃあ、お前は紙で指や手を切ったことないか?配られたプリントとかでさ」
「あっある!プリントで指切っちゃったことある」
「あんな柔らかくて薄っぺらいものでも、タイミングが合えばスッパリと行く。見た目とは裏腹にその威力は強い。有原、お前だってそうなんだ」
「あたしが?」
「ああ、見た目は元気な女子中学生で害はないように見えるが、一撃必殺の毒牙を持っているんだ。それで今一番まずいのは、おまえ自身がその力に気付いていないことなんだよ」
「力に気付いてない・・・」
「ああ。言い方は悪いが、無邪気に笑顔で刃をたくさん出したカッターナイフを振り回しているようなもんだ。お前は全く自覚がないのに、他人の心を傷つけてる。それが一番危険だ」
「そっか、そうなんだ・・・でも佐藤、アンタの言葉もあたしの心にグサッと刺さるよ。なんか心が痛い・・・」
その言葉どおり、あゆみの表情はどんどん暗くなっていく。
「俺は今わざと、心にきつい言葉でしゃべってるからな。けどこれなら分かるだろ?言葉から受ける心の痛みってやつが・・・」
「うん・・・」
あゆみの表情はさらに暗くなっていく。
それに釣られて、佐藤も顔をしかめる。
しばらく、ふたりの間に静寂が訪れた。
「俺の妹は、心の病気で逝っちまった。それに俺も家族も、誰も妹の病気に気付いてやれなかった。悔しかった。こんな犠牲はもう二度と出したくないって思った。思ったけど・・・けどな・・・」
佐藤の拳が悔しさのせいか、小刻みに震えていた。
「佐藤・・・」
心配そうな目をやるあゆみ。
「だからな、本当にもうこれで終わりにしたいんだ。こんなことは・・・」
「うん、そうだね・・・」
「だから俺は今、有原のことを少し心配してる」
「あたしのことを?」
「お前、ちゃんと寝れてるか?ちゃんと飯喰ってるか?責任強く感じすぎて落ち込みすぎてないか?」
佐藤はあゆみに対して心配そうな目を向ける。
「あたしは・・・あたしは大丈夫だよ。それよりあたしより千倉ちゃんのほうが心配だよ」
「千倉が元に戻るには少し時間が掛かると思う。あの現場を見ちまったからな・・・来月から同じクラスになるかどうかは分からないが、フォローしないとな」
「それならあたしがするよ。だってあたし・・・友達だもん!千倉ちゃんの・・・だから・・・」
「有原、千倉のサポートも大事だけど、まずはおまえ自身のことを考えろ。他人はそれからだ」
「だから・・・あたしは大丈夫だって!」
繕った笑みを見せるあゆみ。
だが佐藤はその繕った笑みを素早く見抜いた。
「有原、口では元気そうに見せても、目に元気さがない。光が弱い。だから・・・無理すんな・・・」
「そ、そっか・・・じゃあ、そうする・・・」
「明日から春休みだ。心の傷はそんな短い時間じゃ回復しないと思うけど・・・ゆっくり休め。な!」
「佐藤って優しいね。財津くんがいなくって、佐藤に彼女がいなかったら、あたしアタックしてたかもね・・・」
「あ〜ごめん、俺って有原はストライクゾーンから外れる」
「ちょっと!なんでよお!?」
「だってお前凶暴だろ?不良で名高いあの財津の兄貴を一発でぶっ飛ばして口でも対等に渡り合うんだろ?結構ビビッてる男子生徒は多いぜ」
「それはガセネタよお!!もうっ!!こんなにかわいい女の子をそんな風に見るなんてうちの男子どもはっ!!」
プンスカと怒るあゆみだった。
「ははっ、そんだけ元気に怒れればお前は大丈夫だな・・・」
怒る有原を見て、佐藤は安心した笑みを見せていた。
3月の屋上に、暖かい風が吹く。
季節は、時間は、ゆっくりと流れていく。
過ぎ去った季節は戻らない・・・
過ぎ去った時間は戻らない・・・
ただ人の心に、良き日の思い出のみ残して過ぎ去っていく・・・
佐藤やあゆみたちが1年間過ごした教室には、もう人の姿はなかった。
数多く整然と並べられた机と椅子。
その中のひとつの机の上に、白い花瓶に活けられた花が立っていた。
誰もいない教室の中で、日の光を受けて静かに輝きを見せていた・・・
c・・・完