C-1  - takaci 様




キーンコーンカーンコーン・・・


授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。


一礼をしてから、教室がざわめきに包まれた。


6限目終了。


今日1日の授業が全て終わった。





「ふみゅううう〜〜・・・」


別所小宵は机に身を投げ出して頭から煙を出していた。


「小宵ちゃん、どうしたの?」


千倉名央が心配そうな表情を浮かべて寄って来た。


「数学わかんな〜い・・・増田の授業難しすぎるよ〜っ!」


増田とは6限目の授業をしていた数学教諭の名だ。


「あとで教えてあげるよ。それとも家でお兄さんに聞く?」


優しく微笑みかける名央。


「千倉ちゃん教えて〜。おにいちゃんには心配かけたくないもん・・・」


涙目で訴える小宵。


「全く小宵のブラコンは・・・なんでそこまで兄貴を好きになれるかねえ・・・」


「うん分かんない。ウチなんて兄貴とは毎日バトルだよっ!」


いつの間にやら土橋りかと有原あゆみも呆れた顔で寄って来ていた。


「だっておにいちゃんはおにいちゃんしかいないんだもん!おにいちゃんには嫌われたくないもんっ!」


小宵は起き上がって反論する。


「「はいはい・・・」」


さらに呆れるりかとあゆみだった。





「でも今日の数学は難しかったよね。あたしもちゃんと理解してるかどうか自信ないんだ・・・」


やや不安な表情を浮かべる名央。


そこに・・・





「だったら僕が協力するよ!千倉さんのためなら僕の全知全能をフルに使って協力しよう!」


曽我部が満面の笑みを浮かべて登場した。


だが・・・





「あーあんたはダメ」


りかがバッサリと切り捨てた。


「な、なぜだい!?」


「あんた見掛け倒しで頭悪いもん。成績だって千倉より悪いし。ただ千倉の前でいいカッコしたいだけでしょ」


りかは冷静な表情で曽我部の本心を見抜いていた。


「うう・・・」


曽我部・・・沈黙。





「でもそうなると数学得意な人の助けが欲しいよね。あ、財津くんなら得意かも!ねえ財津く〜ん!」


あゆみは学級委員の財津を呼ぶ。


「やれやれ・・・」


さらに呆れた表情を浮かべるりか。


「ははは・・・」


苦笑いを浮かべる名央。


あゆみが財津衛に好意を寄せているのは、ここに集まっている皆が知っていた。


何かと理由をつけて衛との距離を縮めたいのだろう。





衛はあゆみから事情を聞くと、


「ああゴメン、僕もあまり数学得意じゃないんだ。どうせなら数学得意な人から教えてもらったほうがいいんじゃないかな?」


衛は爽やかな笑みを浮かべてそう言った。


「数学得意な奴ってこのクラスだと誰?」


りかがそう尋ねると、


「理系全般が得意なのは佐藤くんだね。おーい佐藤くん」


衛は教壇の側に居た佐藤という男子生徒を呼んだ。





見た目は可も不可も無く、背格好もこれといった特徴が無い、ごく普通の男子生徒と言えそうなのが佐藤の第一印象であった。


(ああ、そういえばこんな男子生徒が居たなあ・・・)


女子勢は皆そう思っていた。




佐藤と呼ばれる男子生徒は、やや不機嫌そうな表情を浮かべて寄って来た。


「なに?また増田先生と揉めてたの?」


衛は佐藤にそう尋ねた。


「ああ、『お前のやり方じゃ点数はやらん』って釘刺されたよ。数学なんて解が出せりゃやり方なんて自由なんだけどなあ・・・」


そう不満を漏らす佐藤。


「ところで、俺になんか用?」


「うん、実は・・・」


衛は佐藤に事情を説明した。





だが佐藤は、


「あ、ごめん。俺じゃ教えるの無理だと思う」


衛の申し出を断った。


「なんで?あんた理系得意なんでしょ?小宵らに教えるくらい朝飯前じゃないの?」


りかは佐藤に喰ってかかる。


そんなりかに対し、佐藤は冷静に対応した。


「さっきも言っただろ。増田に俺のやり方じゃあ点数はやらないって言われたんだ。俺だと答えが分かっても計算方法が分からないんだよ」


「はあ?なんで答えが分かるのに計算方法が分からないのよ?」


「俺がそう言いたいよ。俺は正しい答えさえ出れば途中経過はどうでもいいと思ってるけど、先生方はそれじゃだめなようだ」


佐藤は両手を挙げて苦笑いを浮かべる。





「ねえ佐藤くん・・・」


その時、頭のオーバーヒートが解消して通常温度に戻りつつある小宵が尋ねてきた。


「なんで式が分からないのに答えが出るの?それが分からない・・・」


小宵の瞳は不思議そうな色を浮かべて佐藤にそう尋ねた。


「数学や理化ってそんなもんなんだよ。たとえやり方が間違っていると言われても正しい答えが出ればいいと俺は思ってるんだけどね」


「やり方が間違ってても正しい答えが出ればいい・・・」


小宵は佐藤の言った言葉を繰り返す。


「実社会でもそんなもんだよ。異なるアプローチからでもそれで結果が出れば成功。それが正しい答えになるんだ。R10TDIなんかいい例だね」


「あーるてんてぃーでぃーあい?」


小宵には全く意味不明の用語が飛び出してきて、思わずまた繰り返す。





すると佐藤は慌てて、


「ああゴメン。中2女子には全く分からないと思う。気にしないで」


そう言った。


すると名央は、


「なんか、バカにされたような気がするなあ・・・」


やや落ち込みながらそう呟いた。


「違う違うそんなつもりは無くって、ただ俺の例えが悪くて・・・実はそれを説明するのも困難で・・・」


さらに慌てる佐藤。


だが女子勢はじとっと嫌なものを見るような視線を送り続ける。





「うう・・・じゃあこうしようよ。俺の言ったことが女子達で調べて理解できたら、俺キミたちの言うこと聞くよ」


「ホント?」


あゆみの表情が輝く。


「ああ・・・」


佐藤はやや苦い表情を浮かべながら頷いた。


「じゃあじゃあ駅前のカフェのケーキバイキング奢ってよ!」


「うう・・・わ、分かったよ。それくらいならするよ。でも期限付きな。せめて1週間以内だな」


「OK!ウチらは佐藤くんの言った例えを1週間以内に理解できればケーキバイキングね!」


「そう。R10TDIがどういうもので、それが『間違っていても正しい答えが出る』という意味を説明出来れば、奢るよ」


「ホントだね!?」


「ああ、男に2言はない」


佐藤の表情はやや余裕の色を見せ始めていた。


「よっし!みんな頑張ろうよ!1週間後にはケーキバイキングだよっ!」


ひとりではしゃぐあゆみだった。


「ケーキバイキングかあ・・・」


名央の目も輝きを見せ始めている。


「やれやれ・・・」


ふうっとため息をつきながらも、微笑を見せるりか。


(ケーキバイキングは嬉しいけど・・・あたしの数学はどうなるの?)


やや不安な笑みを浮かべる小宵だった。




「おい佐藤くん、あんな約束していいのかい?」


きっかけを作ってしまった衛は佐藤に申し訳なさそうな表情でそう尋ねる。


「大丈夫だよ。女子4〜5人が束になって調べても、1週間じゃ理解できないと思うな。分かってる俺でも説明するのは難しいと思うからさ」


佐藤は衛に対し余裕の笑みを浮かべながら、自分の席へと戻っていった。


「もし奢るような事態になったら、僕も半分出すよ。たぶん江ノ本さんも入るだろうから5人分かあ・・・」


「サンキュー。そのときは頼むよ。まあ大丈夫だと思うけどね」


佐藤は机に座り、帰り支度を始めた。





「こらーっ!またあんた、あゆみたちをいやらしい目で見てたでしょ!?」


その直後、教室の後のほうから慧の怒鳴り声が響いた。


「みっ見てねえよ!お前こそ俺をヘンな目で見てるだろ!」


対する楠田の大きな声が響いた。


「当たり前でしょ!エロガッパの動向には注意しとかないとあゆみや小宵たちが嫌な思いするんだからね!」


「うっせえな!そんなひねくれた性格してっから男が出来ねえんだよっ!」


「なあんですってえ〜〜っ!!」


ヒートアップする楠田と慧。





「おーいみんな席につけー。ホームルーム始めるぞー」


そんな騒がしい教室に、担任教師がやってきて教壇に立った。


「「ふんっ!!」」


お互いそっぽを向き、それぞれの席に向かう楠田と慧。


他の生徒も皆、ぞろぞろと席に付いていく。




(今日の晩御飯どうしようかな・・・チャーハンと餃子焼いて中華サラダでも作ろうかな・・・)


小宵はそんなことを考えながら、兄である良彦の顔が思い浮かぶ。


その視線の先には、佐藤が机から取り出したグリーンのビニール袋を鞄に入れる姿があった。






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