「幸せのかたち」35(最終話) - takaci  様


「・・・ふう。  さてと・・・」


自宅の前で大きく深呼吸をする美鈴。





美鈴は先日ようやく退院した。


だが、すぐに元通りというわけには行かず、まだ登校できる状態ではない。


体力は以前と比べてがた落ちになっており、また深い心の傷もまだ癒えてはいない。


そのリハビリ目的の散歩が、美鈴の日課になっていた。


歩く事による運動と、外の環境に慣れる事で心に潜む恐怖を少しずつ消していく。


美鈴は自分自身と必死に戦っていた。





「美鈴ちゃん・・・」


「えっ?  あっ、西野さん?」


家の前で突然つかさに声をかけられ驚く美鈴。


「ちょっと・・・話がしたいんだけどいいかな?」


つかさは申し訳なさそうにうつむきながら切り出す。





退院してからつかさに会うのは今日が初めてである。


だが、美鈴はつかさの事を兄から聞かされていた。


だから、話の内容がどんなものなのかは想像がつく。


「いいですよ。じゃあ近くに喫茶店があるんでそこで話しましょう」


「ごめんね。時間とらせちゃって・・・」


「そんな事ないです。あたしもこれから散歩に行くとこでしたから。じゃあ行きましょう」


美鈴は笑顔でつかさを案内する。


その笑顔で、つかさの心は幾分軽くなった。














二人は近くの喫茶店に入り、周りに人が居ない離れた席に座った。


「美鈴ちゃん、痩せたね」


「これでもだいぶ戻ったんです。一番ひどい時は痩せすぎて気持ち悪いくらいでしたから」


「本当に・・・本当にごめんなさい。あたしのせいで美鈴ちゃんを苦しめて・・・」


つかさは向かいに座る美鈴に向けて深々と頭を下げる。


「そ、そんな・・・西野さん頭を上げてください!」


美鈴は思わぬ謝罪に慌てる。


「でも、あたしがしっかりしてれば・・・美鈴ちゃんやさつきちゃんを巻き込む事は・・・」


「あたしは、本当にもういいんです。特に好きは人もいないし、それにこれは試練だと思ってますから」


「試練?」


その言葉につかさは顔を上げて美鈴の表情をじっと伺う。





「あれは、とても辛かった。ものすごく落ち込んで・・・あんなに苦しんだのは初めてです。一日でも早く忘れたいと思ってました。でも・・・」


「でも?」





「・・・忘れずに、向き合って・・・自分の中で生かしたいんです。この事があって『立ち直る』事と『友情の大きさ』をあたしは学びました。これからは多少辛い事があっても這い上がれる自信があるし、支えてくれる人たちの大切さ、暖かさが本当によく分かりました」


「いろんな理由で苦しんでいる人はいっぱいいます。これからはそういう人たちの支えになれたらなあ・・・って思ってるんですよ。そうすれば・・・この経験も決して無駄じゃないかなって・・・」









「だから・・・あたしは戦います」


やや恥ずかしそうな笑顔ではあるが、強い意志が込められた眼差しである。










「美鈴ちゃん、強いね」


つかさは自分よりひとつ年下の女の子を尊敬の眼差しで見つめている。


「そんな事ないです。それにまだ・・・登校出来るまでは戻ってません・・・」


「あたしもそうだけど、ちょっとした事に嫌悪感を感じたり、怯えたりするんだよね」







「背後の足音がとても気になって、気が付くと泣いてたりしてます。それに男全般がとても嫌に感じるようになって・・・」





「あたしは暗いのがダメ。一人で寝るときはもう怖くって、部屋の明かりは付けたままで寝てる。それと・・・雨の日がとても嫌になった」





二人の美少女は、それぞれがまだ大きな『心の傷』を背負っている。















その傷をつけた張本人である小宮山力也は、現在も警察に身柄を拘束されている。





そして先日、まず美鈴が提訴し、つかさもそれに続く予定である。


さつきの家族とこずえに関してはまだ未定であるが、二人に続く可能性が高い。












だがそれでも、小宮山が受ける刑はとても軽いものになる。


『未成年』という大きな壁があるのだ。


これから厳しく、且つ辛い戦いになるが、そこから得られるものはとても小さなものかもしれない。









でも、それでも少女たちは戦う姿勢を崩さない。





恨みを晴らすためではない。







自身と向き合うために・・・














「小宮山くんは退学になるの?」


「そうみたいです。当然ですよ!」


美鈴は激しい怒りをあらわにする。


「でも小宮山くん、いつかは出てくるんだよね。そうなった時が怖いな・・・」


「その件はうちの黒川先生がなんかやってるみたいですよ。噂では刑期が終わったと同時に国外退去とか・・・」


「そ、そんな事が出来るの?」


「どっかの会社に就職させて、そのまま海外勤務って話です。この手の犯罪は再犯率が高いからそうやって半強制的に禁欲生活をさせるって聞きました。しかもその労働で得た賃金の一部をあたしたちへの賠償金に当てるとか・・・まああくまでも噂ですけどね」


「ちょっと・・・小宮山くん、かわいそうかも」


つかさの表情が曇る。


「なに言ってんですか!それでも甘いくらいです!!それにあんな男に『くん』なんて付けじゃダメですってば!!」


「そもそも男なんてろくなのがいないんです!!あたしはもう男は信用しません!!」


美鈴の怒りは相当なものだ。


もともと男性には厳しかった美鈴だが、さらに拍車が掛かっている。





『ずっと見下していた小宮山に襲われた』





この事実は美鈴にとって大きなショックであり、プライドをずたずたにされていた。









(美鈴ちゃん、わざと怒ってる)




(そうしないと・・・落ち込んで・・・立てなくなっちゃうんだろうな)


怒りで自らを必死に奮い立たせる少女。


つかさはとても悲しそうな眼でその姿を見つめる。












「そもそも西野さんはどうなんですか?男が憎くないんですか!?」


美鈴は怒りをつかさにまで向けた。


「うん。でも、あたしには淳平くんがいるから。彼が居てくれなかったらあたしは立ち直れなかった。だからあたしはそれほどでも・・・」


「あ、あいつが!?」


驚きの表情を見せる美鈴。


「淳平くんはあたしの大きな支え。あたし普段は明るい部屋で寝てるからあまり寝れなくていつも寝不足気味なんだけど、淳平くんと一緒なら暗い部屋でも安心して寝れるんだ」


「い、一緒に寝るって・・・ちょ、ちょっと待ってください。東城さんが昨日電話で・・・あっ、いやそのっ!」


「ふふっ。慌てなくてもいいよ。昨日の『真中くんと付き合うことになったの』って美鈴ちゃんへの報告の電話、あたしの目の前で掛けてたから」


「えええっ!?ちょっ・・・それ、どういう事ですか!?」





「・・・いずれは分かることだから、今話しておくね」


つかさは混乱を極める美鈴に優しい笑顔を向け、静かに語りだした。










「あたしは淳平くんが大好き。今のあたしにとって最も大切な人。かけがえのない存在なの」




「でも、それは東城さんも同じなんだ。東城さんも淳平くんが好きで、かけがえのない存在なの」





「あたしたちはもう、淳平くんから離れられない。淳平くんが側にいてくれなきゃだめになっちゃったの」










「それは・・・なんとなく分かります。でも、どうするんです?それに、真中・・・先輩の気持ちは?」









「淳平くんは、あたしと東城さん、どちらかに決める事は出来ないのよ」


「あのバカ野郎!!この期に及んでまだそんな事言ってんのかあ!?」


美鈴の怒り再び爆発。だが、


「でもそれでいいのよ。決めてくれないほうが・・・ううん、それが決定なのよ」





「えっ?」


この一言でまた混乱の表情に戻った。












「あたしは淳平くんが好き」









「東城さんも淳平くんが好き」









「淳平くんもあたしたちが好き」









「決められないのは、どちらも公平に好きだから」














「だったら簡単。3人で付き合えばいい」







「あたしと東城さんで淳平くんを共用すればいい」







「淳平くんには、あたしと東城さんの二人を恋人にしてもらうの」







「そもそも『恋人は一人じゃなきゃいけない』なんて決まりは無いんだからね!」







美鈴に満面の笑みを見せるつかさ。



















「・・・ ・・・」





「・・・ ・・・」





「・・・え・・・」










「えええええええっ!!!!!」





しばらく間をおいてから、美鈴は派手に驚いた。


予想だにしなかった事実を突きつけられ、頭が処理をするのに時間が掛かったようだ。


「じゃ・・・じゃあ、あいつは東城先輩と西野さんに二股を掛けるってことですか!?」


「まあ・・・そうなるよね」


「そんな・・・ふざけてますよ!そんなの認められない!!あのバカは一体何を考えてるんだ!!」


「普通の人ならそう思って当然だよね。でもあたしたちは真剣なの。それにこれで一番辛いのは・・・淳平くんなんだよ」


「何であいつが一番辛いんですか!?一番おいしいじゃないですか!」


「今、美鈴ちゃんが淳平くんに抱いてる感情を、あたしたちの関係を知った人のほぼ全てが抱く事になる。それがどれだけ辛い事か・・・」


つかさの表情が曇る。


愛する人に負担をかける事が優しい心を締め付けていた。





「そ、そりゃあそうかもしれない。でもそれは仕方ないと思うし・・・第一なんでそうなっちゃったんですか?なんでそこまであいつを・・・好きになったんですか?」


「ここまで好きになった理由・・・それは分からないよ。もうどうしようもなく惹かれちゃうの」


「あたしには理解できません。そこまで男の人を好きになったことなんて無いから・・・」


「でも、ここまで惹かれちゃうのも珍しいと思うよ。あたし淳平くんが居なかったら、淳平くんに捨てられたら・・・たぶん・・・生きていけない・・・自殺するかも・・・」







「そ、そこまで・・・好きになれるんですか?」







「東城さんはあたしに淳平くんを譲ろうとしたの。でもその辛さが予想以上で、心が真っ暗になって、本当に自殺を考えてたの。だから・・・この結論に至ったのよ。人の不幸の上に立って幸せになるなんて、あたし嫌だから」









「・・・ ・・・」


美鈴の怒りは収まり、目の前のつかさに完全に圧倒されていた。





「あたしたちのとった形は世間では認められない。だから多くの人から非難の眼を向けられる」


「あたしたちに限らず、決まった形に当てはまらないものはどうしてもそんな眼を向けられちゃう。例えばそう・・・同性愛の人とか・・・」


「でも、その人たちは真剣なの。もちろんあたしたちも真剣」







「真剣に愛し合ってるの。真剣に幸せになろうとしてるのよ」







「その結果、生まれた形なのよ」







「周りからの非難の眼も、時間を掛けて説得していつかは認めてもらう。どうしても認めてくれない人はもう気にしない」















「型にはまってなくても、あたしたちが幸せならそれでいい」












「幸せの形は人それぞれ。たとえ非難されても、これが・・・」

















「・・・あたしたちの、『幸せのかたち』なの・・・」













つかさの真剣な眼差し。







熱く、揺ぎ無い想いがひしひしと伝わってくる。




















その眼差しに対し、美鈴は反撃の銃口を下げた。


今のつかさには、どんな言葉を放ってもまったく効かない事を悟ったゆえに。


そして、


(西野さんの表情、嘘ついてない。本当に・・・幸せなんだ・・・)


傷から立ち直ったつかさをまた苦しめるような事は言いたくなかった。


目の前のつかさがとても眩しく、かつ羨ましく思う美鈴だった。













































その後ふたりは喫茶店を出て、美鈴の散歩コースである公園に入っていった。


昼の公園は人が多く、小さな子供の声が温かい雰囲気を作り出している。





「西野さんのご両親は、3人の関係を知ってるんですか?」


遠慮がちに切り出す美鈴。


「知ってるよ。『頑張りなさい!』って応援された」


「理解あるご両親なんですね」


「ウチの親も東城さんが泣いている姿を見てるのよ。淳平くんにサヨナラを言った後に苦しんで、今にも死にそうな姿を・・・」


「そう・・・なんですか・・・」


「あとね・・・えっと・・・その・・・」


(西野さん?)


珍しくどもるつかさの顔を覗き込むと、恥ずかしそうに頬が赤くなっている。


「ど、どうしたんですか?」


「うん・・・ここに座ろっか?」


美鈴はつかさに促されて、共にベンチに腰を下ろした。


つかさは辺りをきょろきょろと見回し、周りに人影が無い事を確認する。


そして美鈴の顔に口を近づけ、ひそひそと小さな声で語り出す。





「あたしね、マンションの屋上で騒ぎを起こした後に・・・淳平くんと初めて一夜を共に過ごしたんだけど・・・」


「は、はあ・・・それは聞いてます・・・」


話の内容を察知した美鈴も徐々に顔が赤くなっていく。


「・・・もう、単純に『気持ちいい』なんてレベルじゃなくって・・・ホント凄かったんだ。淳平くんと過ごす夜があんなに素敵で、素晴らしいものだとは思ってなかったから・・・」


「は、はあ・・・」


つかさの頬も赤いが、美鈴はもっと赤くなっている。


「淳平くんはとっても優しくてね、でも激しさもあって、あたし心も身体もメロメロになっちゃったの。全てが終わった直後は、もう全身の力が抜け切っちゃってまったく動けなくなっちゃって・・・」


(これってのろけ話なの?)


美鈴はやや苛立ち始めるが、同時に湧き上がる好奇心も抑えられない。


「でね、翌朝になってもまだ腰がおかしくって、膝も笑ってて、淳平くんに支えてもらいながら家に帰ったんだ」


「そ、そこまで凄かったんですか?」


「うん。元に戻るまで丸1日かかった。部屋でじっとしてるしかなくって、その時お母さんにものすごく冷やかされてね、『あたしもつかさちゃんの彼に抱いてもらおうかしら』なんて言い出すし・・・」


「えええっ!?」


「もちろん冗談だよ。でも、淳平くんを気に入っちゃったみたいね。どうやらウチのお父さんは、淳平くんほどじゃないみたいで・・・」


「あの男にそんな特技が・・・」


美鈴は顔を真っ赤にして驚愕の表情を見せている。


「・・・東城さんも、あたしと似たようなものみたいなんだ。あたしだけじゃないって事は・・・たぶん淳平くんが・・・」


つかさも負けじと顔は赤いが、どこか嬉しそうな表情をしている。





「や、やだあたしったら・・・真っ昼間からこんなやらしい話しちゃって・・・美鈴ちゃんごめんね!」


驚く美鈴に対し謝るつかさ。





だが、もう遅かった。










「西野さん!」





「は、はいっ!!」





「お、お願いがあります!!」


美鈴は思いつめた表情でつかさに迫る。


(美鈴ちゃんちょっと怖い・・・でも聞かないわけにはいかないよね・・・)

































「美鈴ちゃん・・・本気なの?」


「やっぱり・・・ダメですか?」


「ダメっていうか、その・・・あたしの一存じゃあ・・・」


「そう・・・ですよね・・・」


「ちょっと待ってね」


つかさは携帯を取り出し、綾の番号を呼び出す。


























[美鈴ちゃん、本気で言ってるの?]


「うん。今あたしの隣に居る。すごい思い詰めた表情で頼まれて・・・ねえどうしよう?」


[どうしようって言われても・・・西野さんはどうなの?]


「あたしは・・・それで美鈴ちゃんの傷が癒えるのなら・・・そうしてあげたい」


[じゃあ・・・あたしもいいよ]


「ごめんなさい。わがまま言って・・・」


[正直ちょっと複雑だけど、真中くんが美鈴ちゃんのためになるのなら・・・あたしは喜んで協力するから]


「ありがとう。じゃあまた美鈴ちゃんと3人で打ち合わせしよ!」


[あれっ、真中くんは?]


「当日まで内緒にしといたほうがいいと思うな。事前に伝えるとあたしたちに遠慮してやってくれないかもしれないから」


[そうだね。じゃあ女だけの秘密って事で・・・]


「ふふっ・・・じゃあまた電話するからね!」


つかさは明るい声で携帯を切った。





「東城さんの了解取ったから、大丈夫だよ」


そして美鈴にも笑顔を向ける。


「本当にすみません。ありがとうございます」


美鈴は恥ずかしそうな表情で何度も頭を下げる。


「お礼は美鈴ちゃんが立ち直ってから!あと、その時は淳平くんにもね!」


「はい! でも驚きました。西野さんと東城先輩、とても仲が良さそうに見えました」


「良さそうじゃなくって、本当に仲は良いよ。特に最近はよく会って話もしてるもん」


屈託のない笑顔を見せるつかさ。


それがこの言葉の真実を示す証。





「あの・・・ところであいつは?今日はどこに・・・」


「警察署に行ってる。手島さんって女刑事さん、あの人に呼び出されて・・・」


「あっ知ってます。あたしを尋ねて病院に来てくれて・・・でもなんであいつが警察に?」


「まあ、ちょっとね。だからって何も悪いことしてないから大丈夫だよ!」


「は、はあ・・・」


つかさの明るい笑顔を向けられた美鈴はそれ以上追及しなかった。





つかさは晴れ渡る空を見上げながら、今朝携帯に掛かってきた手島の声を思い出す。


(淳平くん、今日1日は大変だと思うけど、頑張ってね〜〜〜!!!)


つかさは呑気なエールを空に向けて放つ。


それは淳平のもとに・・・

























・・・届かなかったようだ・・・























バンバンバン!!!


「吐けぇ!!!吐くんだぁ!!!まだまだ隠してるだろうがああ!!!」


取調室の机を激しく叩き、すごい形相で迫る若手刑事。


手島にコンドームを奪われたあの刑事だ。


そしてその厳しい視線の先には、





硬い椅子に座り、小さくなる淳平の姿。





「ちょっと落ち着け。そんなんじゃあ逆にびびっちまって何も話せなくなっちまう」


年配のベテラン刑事が若手刑事をなだめる。


「でも長さん!!多少は威厳を見せないとなめられて・・・」


「長さんの言う通りよ。気持ちは分かるけど少し落ち着きなさい。それに取調べ中に机を叩くのは厳禁。これが本当の取調べだったら逆に訴えられてるわよ」


「手島先輩・・・ううっ・・・」


さらに手島から指摘を受けた若手刑事は逆に落ち込んでしまった。





(この人って確か彼女が居ないんだよな。しかも持ってたコンドーム奪われてそれを俺が西野で使ったんだ)


(そりゃあ怒る、っつうか恨むよなあ)


(でも、だからって何で俺がこんな所でこんな目に・・・)


若手刑事の落ち込みがうつったかのように、釣られて淳平も落ち込んだ。





なぜ淳平が取調べを受けているかというと、


つかさと過ごした夜に受け取った5万円の替わりである。


そのお金と引き換えに熱い夜の詳細な報告、それに加えつかさと綾の二人に出会ってからこれまでの経緯まで洗いざらい話す事になったのだ。


淳平はこのお金を返すつもりで居たのだが、刑事たちは受け取ってくれなかった。


『一人の男とふたりの女が付き合うんだ。ちょっとした事が大事件になりかねない。その抑止のためにも事実関係を把握しておかないとな』


表向きはこうだが、本心は情けない男とふたりの美少女の淫らな話が聞きたいだけである。





「おお、もう昼じゃねえか。飯にしようぜ」


ベテラン刑事が時計を見て大きな声をあげた。


朝から続く取調べの大半はこの刑事が担当したのだが、淳平は完全に圧倒されていた。


今はそこいらにいる普通のおっさんと何一つ変わらないのだが、取調べ中の鋭い視線はとてつもない迫力がある。


先ほどの若手刑事のように派手に怒ったり、机を叩いたりはしない。むしろ笑顔を見せるほうが多い。


だが視線は常に鋭く、一言『吐け』と静かに言われればもう何も逆らえない。


午前中のわずかな時間だが、淳平は強烈なプレッシャーの中で多くの事をしゃべっていた。





(この人、本当に『長さん』って名前なのかなあ?もしそうだとしたらマジでハマってるよ)


(ああ・・・まだ昼かあ。でも飯は食う気しないなあ。この押し潰されそうな雰囲気の部屋で飯なんか食えねえよ)


淳平の心は取調室独特の威圧感にすっかり参ってしまっている。


(ちょっと待てよ?取調室で昼飯って事は・・・)





「坊主、飯だ。うまいぞ!」


ベテラン刑事が淳平の前に丼を差し出した。


(これってやっぱり・・・)


丼の蓋を開ける。


そして中身を見た瞬間、がくっと大きくうなだれた。





「あれっ?ひょっとしてカツ丼嫌い?」


手島はやや驚いた様子で淳平にそう問いかける。


「いやそうじゃなくって、その・・・取調室でカツ丼なんてマジ犯罪者みたいで・・・」


「犯罪者だあ!!!ふたりの美少女と関係を持つなんてりっぱな犯罪者だあ!!!重罪だあ!!!!!」


若手刑事はヒステリックになっている。


「まあ、こいつの言う事は気にすんな。 とにかく食いな。まだまだ調べは続くんだからな」


「は、はあ。じゃあいただきます」


ベテラン刑事に促されて淳平はしぶしぶ箸を手に取った。





(まだまだ続くのかあ。アア・・・マジで早く帰りたい・・・)


(刑事さんの言う事も分かるけどさあ・・・なんで俺が取調べを受けなきゃならないんだよお・・・)


(確かに旨そうなカツ丼だけどさあ・・・こんな気分じゃあ旨く感じねえよお・・・)





(西野の弁当が食べたいなあ・・・)





(東城と小説の話がしたいなあ・・・)





(はああああああ・・・)





心の中で大きなため息を吐きながら、箸を口に運ぶ淳平だった。








































「このカツ丼・・・マジ旨い!!」









幸せのかたち    〜完〜