R[ever free]エピローグ2(最終話) - takaci  様

エピローグ(後編)



「淳平、どうしたの!?」


母は自分らに対し驚きと落胆の目を向けている淳平の存在に気付いた。


我が子を見つめるその目もまた、不安の色に満ちている。





「母さん、また幻覚が見える。ついさっき街では見えなかった幻覚が、また見えちまったよ」


淳平は声を震わせながらそう伝えた。





「あんた、まだこの子がつかさちゃんに見えるのかい!?」





「いや、つかさじゃなくって・・・こずえちゃんに見えるんだ。つかさと結婚写真を撮ったときに来てくれた女の子に・・・」





「あんた、この子がこずえちゃんに見えるんだね!?本当に見えるんだね!?」


母が幻覚のこずえの両肩を掴んで淳平の真正面に向けると、強い口調で確かめた。





「ああ・・・あの日に死んだ・・・瓦礫に埋もれた彼女に見えるよ・・・」





(何でそんな事を確かめるんだよ?幻覚の女の子に失礼じゃないか・・・)


(あとであの子に謝らなきゃ・・・でもなんでこずえちゃんに見えるのかな?東城に見えるのならまだしも・・・)










「よかったあ・・・」





(へっ!?)


淳平の目の前では、母が泣き崩れていた。


(な、何で『よかった』なんだよ!? 俺には幻覚が見えてるのに・・・)


(ひょっとして俺に家事を続けて欲しかったのか!?最近『パートが楽しい』とか言ってたし・・・)





(心配してくれてるとずっと思ってたけど・・・俺ってそんな存在なの?)


泣いている母を見ながら淳平は急速に大きな疑問を抱き始めていた。










だが、それは間違いだった。





その後、淳平には予想も付かない答えが返ってきた。










「真中さん、あたしは幻覚じゃないですよ」





「えっ!?」





「あたしは・・・生きてます。あたしも助かったんです」


淳平をじっと見つめ、微笑を見せるこずえ。










「え・・・」










「えっ!?」











「ええええええええええええええええっ!!!!!!??????」





淳平の大きな叫び声が辺りに響き渡った。




















「いや・・・ホントにびっくりしたよ。俺はてっきりこずえちゃんは死んだのかと・・・」


「真中さんたちからちょうど丸1日後・・・瓦礫の中から救助されたんです。みんなからは『軌跡の中の奇跡だ』って言われました」


「ゴメン。全く知らなかった。誰も言ってくれなかったし・・・」


淳平はバツが悪そうにこずえに対し頭を下げた。


「あたし、真中さんが入院してる部屋にも行ったんですけど・・・あたしが奥様に見えたみたいで・・・」


「あ・・・」


「あのときの真中さんの顔、ものすごく辛そうで、悲しそうで・・・だからおば様と相談して、幻覚が直るまで姿を見せないようにしようと決めたんです。それにあたしの事もあまり話さないようにってお願いして・・・」


「な、なんで? こずえちゃんが生きてると知ったら俺だって喜んでたし、嬉しいよ!!」





「でも、あたしの姿は真中さんに見えない。そうなれば真中さんはもっと苦しむ・・・」


「あ・・・」


「あたしが原因で・・・真中さんを苦しめたくなかったから・・・」





「そう・・・だったんだ・・・」


こずえの心遣いは、淳平にとって嬉しく、それと同時に辛いものであった。





(そうだよな・・・こずえちゃんが生きてるのに、俺にはつかさに見える・・・)


(生きてる人間が死んだ人間に見えるんだ。もし知ってたら、俺はもっと落ち込んだだろうな・・・)





(でも・・・こずえちゃんはもっと辛かったはずだ)


ずっとうつむいているこずえの横顔を、淳平はまともに見れなかった。





目の前では、小さな子供たちが水着を着て公園の噴水で遊んでいた。


淳平はこずえと二人、木陰のベンチで佇んでいる。


夏の日差しも気で遮られ、しかも水辺が近いのでとても心地よい風が流れてくる。





子供の笑い声などももあり、本来ならとても穏やかな気分になれる場所だが、


淳平はこずえに対する罪悪感で落ち込んでいた。










「でも真中さんの幻覚が直って本当によかったです!!あそこでおば様から真中さんが『外に出てった』って聞いたときは驚いたけど・・・」


こずえは楽しそうに笑いながら、淳平に笑顔を向けた。


「あ、ああ。俺も床屋に行った後で良かったよ。ロン毛姿はさすがに見せられないもんなあ」


こずえに釣られ、ややぎこちないが淳平も笑顔を見せる。


「ええ〜〜・・・見たかったなあ・・・」


「いやあれはマジでひどいって!!それに頭重いしうっとうしいし・・・」


「でもなんで今日になって突然外に出たんですか?そのうっとうしさに耐えられなくなったんですか?」


「いやそうじゃなくって・・・まあ、なんとなくかな。なんか気分が良くって・・・あ、あと・・・花の影響かな!?」





「花ってあの・・・一輪挿しですか!?」


「そうそう!!あれ見てたらなんとなく背中を押されたような気が・・・って何でそんな事まで知って・・・」










(!!!)










突然、こずえの瞳から涙がぶわっと溢れ出した。


当然だが、淳平は驚きで言葉を失う。










「あ・・・ご・・・ごめんなさい・・・ その・・・ 嬉しくってつい・・・」


こずえは涙を拭きながらそう話す。





「う、嬉しい?」


「うん。あのお花には・・・願いを込めてたから・・・『真中さんを元気にしてください』って・・・」





(そ、それってつまり・・・)


「ね、ねえひょっとして・・・あの一輪挿しの花は・・・こずえちゃんが?」


頭に浮かんだことを口にする淳平。










「うん・・・」










「ええっ!?じゃあ・・・ほとんど毎日!?」










「はわわ!! あ、あの・・・ひょっとしてご迷惑でした?」


驚愕した淳平に迫られて思いっきり慌てるこずえ。





「い、いや迷惑なんて・・・こっちこそゴメン!!そこまでしてもらってたなんてホント全然気付かなくって・・・もう俺っていったい何やってたんだよ!?」


淳平は頭を抱え込んでしまった。





一輪挿しの存在は淳平が退院した2月中旬にはあった。


そしてその花はほぼ毎日変わっていた。


つまりこずえは、2月から今日までの間、その花を真中家に届けていた事になる。


そのこずえの労力は計り知れない。





一方で淳平はその事に全く気付いておらず、5ヶ月もたった今日、こずえに言われて気付いたのだ。


落ち込むのも無理はない。





(俺は自分の殻に閉じこもって・・・周りが全く見えてなかった・・・)


(こずえちゃんだって被害者なんだ・・・身体も心も傷ついたんだ・・・)


(知らなかったとはいえ・・・そんな女の子を苦労させるなんて・・・情けなさ過ぎるよ・・・)










「真中さん、そんなに落ち込まないでください・・・」


落ち込む淳平の上から優しい声が降ってくる。


「でも・・・こずえちゃんにこんなに苦労させてたなんて・・・申し訳なくって」


頭を抱えながらそう話す淳平。


とてもじゃないが、顔を見て話せる気分じゃない。





「あたしは苦労したなんてこれぽっちも思ってませんよ。それに・・・この事が報われたんだから、とても嬉しいです」


「報われた?」



この言葉で淳平は思わず顔を上げ、こずえをじっと見つめた。





「はい!真中さんの心の目にあたしの姿が見えるようになったんです。こんなに嬉しい事はありません!!」


こずえは最高の笑顔を淳平に向けていた。
















(なんだろう・・・この感じ・・・)










(なんか心が・・・いや身体ごとすっぽりと包まれてるような・・・)










こずえの優しい微笑みは、淳平の心に最後の癒しを与えていた。










(あれ・・・胸がどきどきしてる・・・)










(なんでこんな・・・ 俺は・・・こずえちゃんに惹かれてるのか?)










長い間感じる事のなかった胸の高鳴りに、淳平は戸惑いを隠せなかった。






































そのこずえが今、つかさの墓石に向けて手を合わせている。





淳平はその横顔をじっと見つめていた。


(こずえちゃん、つかさに向けて何を言ってるのかな・・・)


(大学での俺の生活でも報告してるのかな?)





再会したあの日、あの噴水の見えるベンチでふたりは今後の事を語り合った。


こずえも怪我がたたって受験が出来ず、浪人生活を送っていた。


「ゴメン・・・俺のせいで辛い浪人生活をさせちゃって・・・」


「あたしは気にしてませんよ。これはこれでいいと思ってますし、それに真中さんも浪人生じゃないですか!」


「俺が・・・浪人生・・・」


(・・・に、なるのかな?だって俺は引きこもりの家事手伝い・・・ってももう引きこもる必要は無いし、それにいつまでもこのままじゃ・・・)


淳平はこの時になってようやく、将来の事を考え始めた。





「真中さん、映画の夢はどうなんですか?諦めたわけじゃないですよね?」


「諦めてはいない・・・よ・・・」


(そうだよな。つかさが・・・みんなが居なくなったって、俺は映画が嫌いになったわけじゃないし・・・)





「だったら大学に行きましょうよ!!それで夢を叶えましょう!!」





(夢か・・・  そうだよな・・・)





(いつまでも悲しみに暮れてはいられないんだ・・・)





(つかさがいなくっても俺は・・・  歩いていかなきゃいけないんだ!!)
















この日から、淳平はこずえと共に受験勉強を再開した。


もともと学力が低く、しかも半年以上勉強をしていなかった淳平には辛い状況だったが、










一度、地獄を見た人間は強かった。





周囲の予想とは裏腹に、見事に希望校である青都大学に合格した。










そしてこずえもまた、淳平と同じ大学に合格し、同じ道を歩んでいる。


「あたしは真中さんから映画の素晴らしさを知りました。だからもっと映画の勉強をしたいんです!」


「それにあたしにはどうしても作りたい映画が出来たんです。たぶんそれは真中さんも同じだと思いますけど・・・」




―今回の事件を映画にする―




―うやむやになった『真実』を、たとえフィクションという形になっても『皆に示す』―





これがこずえの目標であり、そして淳平もまた、こずえと同じ思いであった。










もっとも、こずえの志望理由はそれだけではない。





―淳平と一緒に居たい―





これがこずえの本心であり、そして淳平もまた、そんなこずえを受け入れていた。















二人並んで、改めてつかさの墓石と向き合う淳平とこずえ。





「つかさ、そっちの様子はどうかな?どうせみんなと楽しく過ごしてるだろうからあまり心配はしてないけどね・・・」


「こっちは楽しく、元気にやってるよ。大学で出来た友達や仲間と毎日充実した時間を送ってる」


「俺もこずえちゃんも夢に向かって歩いてる。だから心配しなくっていいからね」





「それと、いい知らせがあるよ。日暮さんと東城の従姉妹の遥さんがこの前結婚したんだ」


「遥さんも東城や弟の正太郎の事で色々辛かったみたいだけど、今は日暮さんに支えられて幸せな日々を送ってる」


「しばらくは鶴屋に留まって生活するみたいだけど、将来はパリで店を開く計画があるんだってさ」


「でも、あのばあさんが生きてるうちはパリの店は無理らしい。だからばあさんが死んでからって事になるんだろうけど・・・」





「あのばあさんいつ死ぬのかな?メッチャ元気だから、ひょっとしたらあと3〜40年は生きるかも・・・って日暮さんと冗談交じりで話してたよ」


この言葉でこずえはくすっと笑った。





「映画館の爺さんも元気になった。つかさが死んでからしばらくは塞ぎ込んじゃってたみたいだけど、遥さんが現れてから元気になったよ」


「つかさの事を『死んだばあさんにそっくり』とか言ってたけど、同じ言葉を遥さんにも言ってる」


「要は若くってキレイな女の人なら誰でもいいんだろうな。あの爺さんも当分死なないだろうな・・・」





「あ、あと・・・これを渡す・・・っつーか、返すよ」


淳平はポケットから小さな赤い缶を取り出した。





「これって・・・何?」


不思議そうに缶を見るこずえ。





淳平は缶の蓋を開け、中身をこずえに見せた。





「あ・・・これって・・・」










―いちごのペンダント―





だが、形は大きく崩れていた。















つかさが息を引き取ったとき、このペンダントが淳平の足に落ちてきた。


淳平はそれをジャンパーの胸ポケットに入れた。





そして、淳平の心臓を狙った天地の銃弾は、幸運にもこのペンダントに当たっていた。





本来なら心臓を打ち抜かれて絶命していたはずだが、この奇跡的な幸運によって肋骨の骨折のみで済んだのだ。















淳平は墓を開け、つかさの骨壷の横に赤い缶をそっと置いてから元通りに戻した。





「つかさ、今まで俺を守ってくれて本当にありがとう」


「このペンダントは、俺の命を救ってくれたお守りで、しかもつかさの形見でもあるんだけど・・・」





「でも、やっぱりつかさに返すよ。俺はつかさに持ってて欲しいんだ」


「俺は婚約指輪もあげてないし、結婚指輪もない。俺がつかさにあげたのって、このペンダントくらいなんだよな」


「銃弾が当たって形が崩れちゃったけど、それはそれで・・・まあ、上手く言えないけど・・・」





「俺とつかさの・・・心のつながりを・・・示してくれてると思うんだ」





「だから・・・だからこそ・・・つかさに持ってて欲しいんだ」





「俺は大丈夫だよ。つかさとの思い出は、俺の記憶・・・心の中にずっと刻み込まれてるから・・・」










ザアアアアアア・・・・・・





穏やかな風が流れる。










(淳平さん・・・奥様と心で語り合ってるんだ・・・)


こずえは淳平の横顔を見ながらそう思っていた。





(あたしには入ることの出来ない・・・二人だけの領域なんだろうな・・・)


(あたしは・・・奥様に・・・勝てないんだろうな・・・)


こずえの心は一抹の寂しさを感じていた。
















「じゃあ、また来るから・・・」


「あたしも・・・また来ますね・・・」


ふたりはつかさにそう伝えると、その場を後にした。





二人並んで通路を歩く。


だが、会話はない。


コツコツという足音のみが響いている。










♪〜〜♪〜〜〜♪♪〜♪〜〜










(あれ?)


淳平の鼻歌がこずえの耳に届いた。


思わず淳平を見つめると、





「あっゴメン。こんなトコで・・・不謹慎だね・・・」


淳平はやや照れながらそう話した。





「珍しいね、鼻歌なんて。あたし初めて聞いたかも」


「そ、そうかな? 確かに普段はそんなにしないけど・・・つかさや、死んでいったみんなのことを思い出すとこの歌が浮かぶんだよ」


「なんて曲なの?」


「いや、曲名は知らないんだ。美鈴から借りたCD−Rに入ってて・・・『死者に捧げた詩』みたいな曲なんだよ」


「死者に捧げるって・・・どんな詩なの?」


「詳しい内容は忘れたけど・・・」





―あなたの全てを忘れない・・・そう伝えたい・・・―





「みたいな感じだったと思う」










「全てを忘れない・・・か・・・」


こずえはそうつぶやくと、うつむいてしまった。





(やっぱり・・・こうして隣にいても、あたしじゃあダメなんだな・・・)


大きく落ち込み、心を黒い雲が覆っていこうとしていた・・・











「でも俺は、だからってこずえちゃんから目を背けるつもりはないよ」





「えっ?」


顔を上げ、淳平を見つめるこずえ。










淳平は優しい微笑をこずえに向けていた。





この微笑を見るたび、こずえの胸は高鳴っていく。










「俺はつかさを忘れない。でも、いつまでもそれに縛られるつもりはないし、つかさもそれは望んじゃいないさ」





「去年ずっと苦しんでいて、それがあったから気付いたんだけど・・・人はひとりじゃ生きていけないんだ」





「家族、友人、恋人・・・いろんな人と支えあって生きている。支えが無かったら生きていけない」





「あの苦しんでいた時期、俺は気付かなかったけど、こずえちゃんにすっげえ支えられてた」





「そのあとも受験勉強や、今の大学での生活も俺はこずえちゃんに支えられてる」





「だから・・・これからも支えてくれないかな?」





「その、俺の・・・大切な人として・・・」










こずえはぽわんとした表情のまま、じっと淳平を見つめている。





突然の告白に驚き、完全に言葉を失っていた。










「や、やっぱダメだよな・・・俺みたいなバツいち、って言うのかわかんないけど・・・もう居ない女の子をいつまでもウジウジ想ってるような情けない男・・・」










(えっ・・・)


淳平の言葉が止まる。










こずえは淳平の手をそっと握りしめ、やや恥ずかしそうな表情でじっと見つめている。










「こずえちゃん・・・」










「あたしじゃつかささんには敵わないと思いますよ。それでも・・・いいんですか?」





嬉しさの中に、若干の不安が織り交ざった表情で淳平にそう話すこずえ。










(こずえちゃん・・・ありがとう・・・)





淳平はこずえの手を優しく握り返した。










「あ・・・」





それで、こずえの表情から若干の不安が消えて行く。










「敵うとか敵わないとかそんなの関係ないよ。つかさはつかさで、こずえちゃんはこずえちゃんさ」





「そして俺は、こずえちゃんに側にいて欲しいんだから・・・」










「淳平さん・・・」





こずえの瞳から涙がすっと流れ落ちた。















「じゃあ、行こっか」





淳平がそう言うと、こずえは小さく頷いた。





そして手を繋ぎながら、霊園の長い階段を下りていった・・・




















(つかさ・・・みんな・・・本当にありがとう・・・)










(俺たちは・・・みんながいたから・・・今こうしていられるんだ・・・)










(みんなのことは・・・絶対に忘れない!!)










(だから・・・天国から・・・俺たちを見守っててくれよな!!)










長い階段を下りる二人の後ろから、穏やかな風がふたりを包み込むようにして流れて行った。










そう・・・









まるで、優しく後押しするかのように・・・


END