小学生だったある日。
学習塾のカバンをぶんぶん振り回し、夕闇迫る町の間を二つの小さな影が行く。
「買い食いよくないんだからなー」
お兄ちゃん気取りで説教する。でも本人も相手も、ちっとも悪いと思ってない。
小腹の空いた真中は少し羨ましいだけだった。いい匂いがする紙袋から目が離れない。
「そんなこといってもおなかへってるんだもん、
唯のおこづかいだからいいでしょ。今日はお母さんたち学校の用事でいないから、
ご飯おそいし帰ったら、わけてあげるよ」
塾の帰りにタイヤキを唯は買った。
同じ値段の大判焼き(カスタードクリーム入り)にしようかと思ったが、
パリッとした皮の焦げ目と尻尾まで餡の詰まった美味しそうな湯気立つタイヤキに目を輝かせてそれに決めた。
「本当にくれるのか、じゃあゆるす。早く帰ろう」
「じゅんぺーにゆるされても意味ないじゃんって、まってよー走るのは負けないんだからー」
「タイヤキ冷えちゃうだろ、早くいこうぜ」
カバンを振り回すのをやめ、小脇に抱えて走り出す。
あの角を曲がれば部屋の窓が見えてくる。あと少しもう少し・・・
しかしそこに黒い影があった。
ぐるるる
影がうなる。茶色の双眸をこちらに向け、歯をむき出した。
「犬・・・ど、どうしよう」
先を走っていた唯はあわてて真中の陰に隠れ、ぎゅっと腕を痛いほど掴み震えだす。
「どうするって走って逃げても追いつかれちゃうかな・・・やっぱり」
「かまれちゃうのかな、やだよ、こわいよ」
半べその唯。今にも大泣きしそうだ。
「お母さん帰ってくるまで待つか」
「やだよ!!まてないなんとかしてよっ!!!」
「なくなよっ!!犬がくるだろっ!!!」
不意に犬が近づき口をあける。
「きゃああ」
「ええい、かしてっ」
唯の持っていた紙袋を掴み取り犬に投げつける。
「走れっ唯!!」
振り向く余裕もなくマンションまで猛ダッシュ、階段の踊場に来てやっと階下を覗く。
「ついてきてないな・・・はぁーっ、たすかったぁ」
「ああー・・・」
「どうした唯?」
「あとで食べようと思ったのに・・・タイヤキ・・・わーん」
気が抜けて大泣きしている。踊場から響くその声はマンション中に響いている。
それはお前しかたないだろうと思ったが口には出さなかった。
泣くのをやめさせないと、いじめたんじゃないかと自分が叱られる。
「今度買ってやるから、なあ、泣くなよ」
出来る限り優しい声で慰める真中。
「ホント?本当にぃ、だったら泣かない」
袖口でごしごし目を拭くとにっこり笑う。つられて真中も笑う。
空は朱から深い紅色へ変わり世界を赤くする。唯の笑顔を際立たせる。
ないたカラスがもう笑った。