「帰宅」
39-40話より
すっかり暗くなった住宅地を歩く。
見慣れたマンションの扉を開ける。
外廊下からもれる薄暗い光で靴を脱ぎ、
真っ暗な部屋の中を迷わず淳平の部屋へむかう。
手馴れた動作に長く居なかったことが嘘のようだ。
扉を閉じてほんの数刻前の出来事を思い出しながら、
ふーっと一息・・・。
五年ぶりのであっても、いくら方向音痴でも迷う事はなかった。
登下校して遊び歩いた道なのだ。
食後の満腹感で幸せな気持ちを味わいながら歩いた。
今だ逢っていない淳平はどんな風に変ってるのだろう。
淳平の父と母は変らないと言った。
何より相変わらずそそっかしいしと続けた。
成長期の男の子である、
変ってしまって一目見ただけではわからないかもしれない。
ちっとも変り映えのしない自分を置いていってしまったのだろうか。
あの頃の淳平は泣いてばかりだった。
すれ違った男の子は想像通りの淳平かもしれない。
背中を丸めてブランコの上で泣いている淳平。
あの頃・・・ゲームを取り上げられて公園で泣いていた。
取り返してあげたのが、ついこの間のようだ。
頬に手を触れ確かめた。
寒空の下で冷たい頬に流れている熱いそれは・・・変らない。
淳平の部屋に入ると疲れと至福の満腹感と、
大きく占めている安堵で瞼は重くなる。
ベットにするりと潜りこむ。
淳平に包まれる。
否、その匂いに・・・だ。
すっぽりと頭から布団をかぶり、
もぞもぞと服を脱ぎだし身を軽くしている。
ゆるりゆるりと眠りにつく。
再びこの街へ来た。
繰返す日常、当たり前の日々。
引っ越す前までの暖かく賑やかな世界。
早く大人になりたかった。
なって逢いたかった。
この時を待っていた。
眠りに落ちて意識が深く沈む前に呟きが一つ。
「じゅんぺい、ただいま・・・」
これが部屋に再び舞い戻ってきて、初めての台詞だとは誰も知らない。
少女自身でさえも・・・。