忘却〜最終話〜 - 惨護 様
心臓の高鳴りが触ってもいないのに感じてくる
明かりを消した部屋を外の街灯の光がうっすら映し出す
「ほ、ほんとうにいいのか?」
つかさが淳平の布団に手をかけたとき、背を向けた淳平が恥ずかしそうに言った
「・・・・なんども言わせないで・・・・それともやっぱり嫌?」
「ううん・・・・」
「よかった・・・・」
つかさはゆっくりと淳平のベッドの中に入っていった
だが、それから何も話さずに時は流れ始めた
「・・・・・・」
「・・・・・・」
沈黙は破られる事なく、何事もなく夜が更けていくと思われたが
「淳平くん・・・・やっぱりでよっか?」
「え!?なんで・・・・」
振り向かずにベッドから出ようとしたつかさを引き止めた
「眠れないでしょ?・・・・やっぱり、あたしなんか・・・・」
不安そうなその声を聞くと淳平は背を向けていた体をつかさの方へ向けた
「・・・ごめん・・・不安にさせたりして・・・」
「いいよ・・・今は淳平くんと一緒にいたいし・・・・・」
はにかむような笑顔が淳平の想いをよりいっそう強くさせる
「西野・・・・」
熱の所為でもあるのか、淳平はつかさに抱きついた
「じゅ、淳平くん!?」
「あ、ごめん!!」
淳平はつかさの声で我に返りベッドから飛び出した
「・・・・別に、いいよ・・・」
「え?」
つかさが囁くように言ったその言葉を確かめるように淳平は聞いた
「・・・何度も聞かないでよ・・・・」
淳平はつかさに近寄り、もう一度抱きつこうとしたが
(あ・・・・パンツ見えてる・・・・・・)
みえたのはいちごパンツついつい凝視してしまったので、つかさもそれに気付いた
「淳平くんのえっち!」
つかさはスカートを下げて、パンツを隠すと淳平に背を向けた
「あ、ごめん・・・・」
「でも、これからもっとすごい事するんだし・・・・これくらい・・・いっか・・・・」
顔を赤くしていうつかさの姿が淳平の顔を真っ赤にさせた
そのとき・・・・・
《・・・・握手しよ・・・》
(あれ・・・・・)
なぜか見覚えのない景色があたまに広がり始めた
そして、走馬灯の如く頭の中に記憶が広がった
「淳平くん・・・・?」
つかさは淳平の異変に気付き、振り返った
「う!・・・・ぐ・・・・」
「淳平くん!?」
頭を抑えて、座り込む淳平
その顔は歪み、もだえ苦しんでいる
「俺は・・・・俺はああああああ!!!」
そう叫ぶと一瞬にして淳平の動きは止まった
つかさはおそるおそる近づいてみると
「息をしてない・・・・・淳平くん!淳平くん!!淳平くん!!!!」
・
・
・
・
真夜中の病院、あまりうるさくないはずなのに、今日はいつもと違う
「集中治療室の前にいるって言ってたな・・・」
外村と綾、さつき、唯はつかさからの連絡を受けて淳平が運ばれた病院に来ていた
「はやく行こう!・・・じゅんぺー大丈夫だよね?」
唯の心配をよそに事態はだんだんと進んで行った
「はぁはぁ・・・・西野さん、真中くんは!!」
集中治療室の前で手を合わせて俯いているつかさに深夜なのに急いできた綾が聞いた
「今は絶対安静って言われて・・・・集中治療室にいるの・・・・・」
「何でこうなったんだ!!」
壁を思いっきり叩いて嘆く外村、その手には血がこびりつく
「急に・・・・倒れて・・・・」
「・・・・・・で、医者はなんて?」
いつもなら血が頭に上って冷静じゃないさつきが冷静に聞いた
「よく分からないって・・・・ただ何かの拍子でショックを受けて意識を失った可能性もあるって・・・」
その声はだんだんちいさくなっていく
「それが一時的なものか・・・・一生続くものかは分からないって・・・・・」
全て言い終わるとつかさは顔を下に向けた
「じゅんぺー、死んじゃうの・・・・」
その声はすごく切ない哀しい声だった
「そんなこといわないで・・・・・淳平くんは・・・きっと・・・きっと・・・・」
つかさは優しく唯を抱き、頭を撫でた
「そうよ、あの真中が死ぬわけ無いわ・・・・・・」
とうとう病院に静けさが戻った
「・・・・・・・」
だれも一言も交わさずに、夜が明けてくる
「あ・・・・」
その時、集中治療室のドアが開き、医者らしき白衣を着た人物が出てきた
「・・・あの、どうなんですか?」
「今のところはどうともいえません・・・・いろいろと検査をしてみましたが、脳には何の障害も無くいたって普通です」
つかさの切なる願いもむなしくちゃんとした返答は得られなかった
「なぜ意識が戻らないのか・・・わたしでは分かりません」
医者は顔色変えずにそのまま続けた
「ただ、彼は眠っているだけ・・・・まるで、起きたくないかのように・・・・」
「・・・・・・・」
みんなの沈黙は変わることなく続いた、重苦しい空気があたりに広がる
「とりあえずお入り下さい・・・」
みんな中に入ると、淳平の顔を見てホッとしたようにも見えた
苦しむまずに、小さな寝息をたてて眠っていた
「・・・・・淳平くん・・・」
「真中・・・・」
「真中くん・・・・」
「じゅんぺー・・・」
その声はすべて切望が込められた声だったが、無情にも声が返ってくることはない
「ホントに起きないんですか?」
「本当にただ寝ているだけなんです・・・でも起きない・・・脳波にすら異常は無いのに・・・・」
外村は信じられなかった、いつものように寝ている淳平が起きないなんて
「お〜い真中、さっさと起きろよ」
外村は何を思ったか急に淳平の顔をはたきだした
「やめなさい!彼は患者なんですよ!!」
「うるさい!!真中は寝ているふりをしてるだけなんだ!!!そうだろ、な!真中!!!」
どんなに揺さぶってもどんなに問いかけても声は返ってこない
聞こえてくるのはエコーの音
「無駄ですよ・・・こちらは手を尽くしたんです」
「外村くん・・・・・」
つかさが声をかけようとしたが、外村の顔に見えた一筋のしずくに言葉を失った
「起きろよ!起きろよ・・・・・・」
なんどもゆらし声をかける、その動作が止まった時、外村の声が泣き声に変わった
それどころか、部屋中に泣き声が響き始めた
「・・・・・外村くん・・・・」
「くそ!・・・・くそ・・・・・・」
外村の声をさえぎるように一つの声があたりに響いた
「・・・さつき・・・・やめろって・・・・・」
「え・・・・・」
たしかに淳平の声だった
みんないっせいに淳平の方を向いたがおきている様子はなかった
だが、その顔には笑顔があった
「唯・・・・かえってたのか・・・・」
「いま・・・あたしのこと呼んだ・・・・」
さっきまで辺りを泣き声が包んでいたのに
淳平の声でいつの間にか止んでいた
淳平の顔はすこし困った様な顔をしている
「・・・・東城・・・・・小説見せてくれ・・・・」
「・・・・・真中くん・・・・」
こんどは恥ずかしそうな笑顔が窺えた
その声は呟いているだけで小さいのに、外村やつかさ、綾、さつき、唯にはしっかり聞こえていた
「・・・・・・西野・・・・・・ごめん・・・・」
「淳平くん・・・・・」
また寝息をたて始め、静かになった
最後に見せた淳平の顔は悲哀に満ちていた
「もしかして・・・・真中の奴・・・・夢の中で俺たちといっしょにいる?」
「たぶん・・・・そうみたい・・・・」
みんな淳平の顔をまじまじと見ながら聞いていた
「・・・・・とっても幸せそう・・・・」
「でも、それは夢の中なんでしょ・・・・」
さつきは綾の一言に反論するかのようにいった
「このままのほうがいいのかな・・・・・」
つかさがすこし諦めるように言ったのを聞いて唯は淳平の上に乗った
「じゅんペー・・・・起きて!!」
耳元で大きな声で叫んだ
だが一向に起きる気配を見せない
「唯ちゃん!?」
「そっちにあるのは、じゅんぺーの過去でしかないんだから!!!逃げないで、こっちに戻ってきてよ!!!!」
唯の声は淳平には届かなかったがみんなの諦めかけていた胸には届いた
「起きろ〜!!」
「西野先輩・・・・・」
つかさは唯に笑顔を向けるとまた耳元に叫びだした
「あたしも手伝うよ・・・・こんなことしかできないから・・・・・・」
「あたしだって!」
「おれも・・・こいつの親友だからな」
「みんな・・・・」
いつの間にかみんなが淳平の耳元に近寄っていた
「さあ、みんなで・・・」
「淳平くん!!」
「真中くん!!」
「真中!!」
「じゅんぺー!」
「聞こえてるんだろ?起きろ!!」
・
・
・
・
淳平の家に、みんながあつまり楽しそうにしている
淳平の頭の中ではそれだけが繰り返されていた
「・・・・みんな・・・・そろそろ帰んなきゃ・・・・」
時間を気にしてそういうもののみんな一向に変える気配も見せない
「大丈夫だって・・・なあみんな?」
外村が淳平の肩をたたき、みんなに呼びかけた
「唯も帰って欲しくないよ」
「真中だって帰って欲しくないんでしょ?」
「べつに気にしなくてもいいよ」
みんな笑いながらそういうのにつかさだけが黙って淳平を見ていた
「・・・・・・」
「西野?」
そう問いかけても淳平に声は帰ってこない
「・・・・・・」
「どうしたんだ?」
淳平が近づいてつかさに触れようとした
すると、つかさが立ち上がった
「今度こそ・・・・さよなら・・・」
「え・・・・・」
一言だけそういって、家から出て行った
「待ってくれ!!!」
追いかけて、家の外に出て家の外の道路を見渡すもののつかさの姿は見られなかった
仕方なく家に帰ると、さつきと綾がだまってこっちを見ていた
「真中・・・・ごめん・・・・この人の事好きになったから」
「さつき!!」
さつきはだれかしらぬ男といつの間にかいっしょにいた
そして出て行った
「真中くん・・・・・ごめんね」
「自分の優柔不断さを憎むんだな!僕が綾さんをもらっていくよ」
「東城!!」
天地が綾をお姫様抱っこして家から出て行った
「じゃあね、あたしも家に帰らなきゃ!」
「唯!!」
唯も・・・・・
いつの間にか外村もいないし、部屋ではなく何もない暗いところに立っていた
「おい、誰もいないのか!!」
その声は響くわけでもなく、闇に吸い込まれていった
「なんでなんだ・・・・何が悪いんだ!!!!」
淳平は思いっきり地面を叩いた
すると、地面が割れたと同時に何かが浮かび上がってきた
「これは・・・・・」
つかさと別れたシーン
それが鮮明に描かれた映像が映し出された
「覚えてる・・・・・」
淳平は頬を伝わる冷たいものに気が付き、拭った
「自分の不甲斐無さを知ったんだよな・・・・・」
悔やまれる、なぜあの時引き止めなかったのか
なぜ一人の人を好きになれなかったのか
「あの時から何も変わっちゃいない・・・・・」
淳平は座り込み、俯いて暗い顔になった
すると辺りの闇がだんだん近づいてきた
「もう駄目だな・・・・」
淳平が完全に闇に飲み込まれそうになった時、一陣の風が声の響きと共にふいた
「淳平くん!!」
「西野?」
「真中くん!!」
「東城?」
「真中!!」
「さつき?」
「じゅんぺー!!」
「唯?」
「聞こえてるんだろ?起きろ!!」
「外村?」
懐かしいような、それでいて親しみのある声
さっきまでの暗闇が嘘のように晴れ、辺りは光り輝いていた
「みんな待ってるよ・・・・」
「早く起きて!」
光とともに差し伸べられた手をしっかり握った
「あったかい・・・・」
淳平はその手に引っ張られて走り出した
「・・・・・・ごめん」
「俺は・・・・・・・」
・
・
・
・
日の光が淳平の目に入ってくるのと同時に
四人の少女たちの顔が目に入ってきた
「・・・・・ん?・・・・みんな・・・」
「淳平くん!!」
「真中くん!!」
「真中!!」
「じゅんぺー!」
4人にいっせいに抱きつかれた
淳平は訳が分からずかなり混乱している
「へ?どうかしたのか??」
その言葉を聞いて、安心した者、不安になった者、すこし悲しげな顔をした者がいた
「あれ?俺って確か西野とデートしてたんじゃ・・・・・」
外村はさっきとは打って変わってすこし呆れながら声をかけた
「お前はな・・・・・」
「いままで寝てたの!淳平くんがどじって頭打ってね!!」
外村が真実を話そうとしたが、つかさが無理やりさえぎった
「あ!?俺が・・・・ゴメン!!!」
すこしは事件が起こる前のことを覚えているらしく、深々と頭を下げた
「心配かけたのと西野にはバカな事しようとして!!」
「バカな事って?」
外村は予想が大体付いていたが一応聞いてみた
「えっと、船の上からパンツ見ようとして・・・その・・・・・」
「はぁ〜・・・・」
外村はやっぱりと思ったのと安心したのでため息が出た
「よかった・・・・」
「本当に良かった・・・・」
綾、さつき、唯が安心する中、つかさだけ浮かない顔をして俯いている
「・・・・・・」
つかさはそのままなにもいわずに集中治療室から出て行った
「西野さん!?」
「俺、見てくるよ」
淳平は後先考えずに集中治療室から出て行った
「あたしも────」
唯も追いかけていこうとしたが外村に止められた
「唯ちゃん、あいつのために待っといてやってくれよ」
「あ・・・・でも・・・・・」
唯はすこし表情を曇らせて綾とさつきを見た
「あたしはいいの・・・もう真中くんの気持ちが分かったから」
「真中の奴、記憶をなくしても西野さんのことばっかり気にかけてたみたいだしね・・・・」
綾とさつきは淳平の気持ちを悟り、もう手を引いていた
その顔にはあきらめきれない何かがあったが、必死で押さえつけているのが目に見えて分かった
「さてと・・・そろそろあいつを尾行するかな」
外村は手にカメラを持ち、みんなとともに歩き出した
・
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「あの約束も忘れちゃったんだろうな・・・・」
日がのぼり、病院の屋上にはそとからの元気な声が聞こえてきていた
淳平が記憶をなくしたときはまったく違う
「西野!!」
「淳平くん!?」
淳平はすぐにつかさに近づいた
「もう歩いてもいいの?」
「別に昨日まで歩いてたし異常はないって・・・・」
「え・・・・・」
覚えているはずがない
自分が嘘をついて今まで寝ていたといったはずなのに
なぜ、昨日まで歩いていたのか分かるのか
「あと、看病してくれてありがと、料理も上手かった」
記憶を失う前に前にそんなことをした覚えもない
期待がだんだん膨らむ
「俺が記憶をなくしてたときの事覚えてないと思った?」
すこし成長した顔、優柔不断だったときよりもかっこよく見える
「ばか・・・・」
「え・・・・・」
俯いて小さく呟いた言葉に反応して聞き返すとつかさは笑って見せた
「覚えてるなら覚えてるって言ってよね!!」
「・・・・・ごめん」
「いいよ・・・・・もう過ぎたことだしさ」
すこし暗い顔をして頭を下げた淳平に笑顔で笑いかけた
「じゃあ、続きをさ・・・・・」
「うん・・・・」
あのときの続き、気持ちを決めたときからずっとくすぶってた想いを口に出した
「一度別れたのにむしが良すぎるかもしれないけど・・・・俺は西野のことが誰よりも好きだ・・・・・」
一言一言丁寧に恥ずかしがりながら顔をまっかにしながら言い続けた
「・・・・・」
「普通の男よりも頼りないし、優柔不断だけど・・・・・・誰よりも好きです・・・」
心臓が口から出るくらい緊張している淳平、もちろんつかさも顔が真っ赤だ
「俺と・・・・改めてお付き合いしてください!!!」
頭を下げて、手を差し出した
すこし経ってから、その手に確かなぬくもりを感じた
「今度裏切ったら・・・もう知らないからね・・・」
「は、はい・・・・・」
涙目で上目遣いのつかさに言われるがままになる
「もう浮気しませんか?」
「はい!」
すこし怒られながら言われるとはきはきして言った
「・・・・誓約書みたいなの欲しいな・・・・・」
「・・・で、でも紙ないし・・・・・」
「これでいいや」
「え・・・・・」
淳平の唇に暖かいものが触れる
重なり合う唇はなかなか離れようとしなかった
何秒したかは分からないが離れたとき、二人の顔は満足そうだった
「絶対だからね・・・・・」
「・・・約束する」
顔を赤くしながら、頷いてそういった
「ほんとにほんとだからね・・・・」
「もう悲しませない・・・西野の事を絶対に守る・・・・・」
「かっこつけすぎ」
つかさに茶化されてすこしずっこける淳平
「でも、そんなところも好き・・・・」
「西野・・・・・」
今度は二人で抱き合った
「ちょっとくらいこのままでいさせて・・・・この嬉しさ抱きしめていたいから・・・・」
「・・・・・・・・」
また二人の唇が近づいたが
「熱いね!!!お二人さん!!!!」
「やったね!!じゅんぺー!!!!」
この外村と唯に茶化されて、すぐに離れた
「お前ら・・・・・」
「真中・・・・おめでと!」
さつきの顔からさっきの思いは消えていた
すっきりしたのもあるのだろうか
「ありがとう・・・・それとご───」
淳平はお礼の後に謝ろうとしたが口をふさがれた
「謝らなくてもいいって、あんたが選んだんだから!!」
「さつき・・・・ほんとにありがと」
「いいのよ!」
さつきは思いっきり淳平の背中を叩いた
それとともに淳平への想いを投げたようにも感じた
「真中くん・・・・」
「東城・・・・」
綾の顔には別の意味で不安が残っていた
「普通に笑って、おしゃべりできるよね」
「もちろんだって!!」
「よかった・・・・」
綾の顔からも不安が消えていた
「じゃあ、みんなで真中の記憶が戻った祝いでカラオケに行くか!!」
外村は淳平のお祝いとさつきと綾を元気付けるのを兼ねてみんなを誘った
「それ、賛成〜」
さつきはすぐに乗った
立ち直りが早いというか諦めがいいというか・・・
「唯も!」
唯はすぐに反応し、暗い顔の綾に声をかけた
「東城さんも行くよね?」
「ええ!」
綾も踏ん切りがついたようだ
「行こう!」
つかさは淳平の手を握り、みんなの下に走り出す
「ああ」
つないだ手はもう離さない
忘れたことでかえりみることが出来たから
この想いは二度と変わることは無い
たとえ1000年たっても
END