全年齢「グラフィティ」 - おちゃねぎ様(合作)
夏という季節が来ると、いつも思い出す
海風に飛ばされそうになる帽子を必死に押さえ
僕の足跡を笑いながら追いかけてきた君の事を
必死になって探した、伝説の貝殻も
結局は見つからなかったけど
でも、確かに
あの時、僕たちは恋をしていた
「グラフィティ」
1時間ちょっとの船の揺れに疲れた僕は、気分転換に甲板に出て外の空気に触れることにした
甲板へと続く階段の下では、高校生くらいであろうか。若いカップルが仲良く手を?ぎながら携帯のカメラで自分たちの姿を写真に撮っている
最近はデジカメよりも携帯なのか・・・
若い人たちが聞いたらジジくさいと言われそうだ。そう思いながらゆっくりと少しサビが目立ち始めてる階段をカンカンと音を立てながら一つずつ上がっていった。
真夏の熱い日差しが一気に押し寄せてくる。だが、それも心地よい。
大きな音を立てて海を掻き分けていくこの船が向かう先は、伊豆に浮かぶ小さな島。
甲板の手すりに手をかけ、潮風を顔に受けながらジッと海と、そしてその小さな島を見つめる。
「ん・・・んぁ〜〜〜〜〜・・・・ふぃ〜〜・・」
両手を思いっきり上にあげ、身体を解すつもりで伸びをしたのだが、思わず声が出てしまった。
オッサンになった証拠だろうか。
「フフフ・・・クスクス」
「ん?」
後ろから笑い声が聞こえ、思わず振り返った。
いつからそこにいたのだろう。
小さい身体には不釣合いなほどの大きな麦藁帽子を被った少女が、かわいいクマのぬいぐるみを抱きながら僕のほうを見て笑っている
普通なら恥ずかしくて何も言えず、そそくさと退散してしまうのだが、どうしてだろう。この景色がそうさせたのだろうか。
「見られちゃったかな?」
「うん!見ちゃった♪」
軽くアタマを撫でながら、少女と言葉を交わした。
「声を出さないと身体が動かなくってね」
「アハハ〜♪オジイちゃんみたいだね!」
「オジイちゃんかぃ?せめてオジサンにして欲しかったけどな」
「じゃあ奮発してお兄さんだ♪」
「こりゃ大奮発だ!」
帽子のツバの影で顔はよくは見えないが、それでもチラリと見える口元と、そこからこぼれる白い歯が、少なくとも僕との会話を嫌がってはいないことを感じさせた
「ね、お兄さんは何処に行くの?」
「ん?あぁ、あそこの島だよ」
「じゃああたし達と一緒だね!」
「アハハ、そりゃそうだよ。だってこの船はあの島に向かってるんだからね」
「あ〜そうだった!」
「お父さんやお母さんと一緒なのかな?」
「うん!ママと一緒だよ♪」
「そうか〜。迷子にならないようにね!」
ふと心配になって辺りを見回したが、この子のお母さんらしき人は見当たらない。
もしかしたら、席をはずしてるだけかもしれないが、しばらくはこの子との会話を楽しむことにした
「君はいくつかな?」
「6つ!」
「そうか〜、小学生かな?」
「うん!一年生だよ!!お兄さんは何歳なの?」
「え?お、俺か??えっとね・・・」
別に年を言うだけなのに何をためらったのかはわからない。
「31だよ」
「31才?」
「そうだよ」
「ママよりも一つ上だ〜」
「そうなんだ〜、お母さんは30歳なんだね?」
「うん!でも、もうすぐ誕生日だからお兄さんと同じになる♪」
「アハハ、じゃあ同じ年代の人だ」
「ん?よくわかんな〜い♪」
「あぁ〜んっとね・・・・クラスの友達と一緒って言えばわかるかな?」
「う〜〜ん・・・・少し・・・」
小さく首をかしげる様子は、とてもかわいらしかった。
もしあの時、僕が結婚して子供が生まれてたらきっとこの子と同じくらいの年齢だったのだろうか。
いつの間にか甲板に座り込んで話をしていた僕は、この小さな恋人との時間に夢中になっていた。
まぁ、どうせ到着まで暇だし、そういうことなのだろう。
「ねぇ、お兄さんは一人なの?」
「ん?そうだよ。」
「ふ〜〜ん、何をしてる人?」
「仕事かな?」
「うん!」
「そうだな〜・・・・」
きっと今僕がしていることを言ってもこの子には難しいだろう。何かわかり易い例えを用いて話してあげないとかわいそうだ
「アンパンマンとかって知ってるかな?」
「うん!知ってる〜♪」
「映画とかも観たことある?」
「うん、ママが映画好きだからよく連れてってもらう!」
「そっか〜、お兄さんはね、そういう仕事をしてるんだよ」
「わ〜〜!ねえねえ、じゃあさじゃあさ!アンパンマンに会ったことあるの??」
こういう無邪気で純粋なところが子供のいい所なんだと日々常々思う。
「そうだね〜、話をしたことはないけど、ちょこっとだけ見かけたことはあるよ」
「すっごーーーい!!」
手に持った小さなクマのぬいぐるみをギュっと抱きしめて眼をキラキラさせている
あれからどのくらい話をしたのだろうか。きっと時間的には10分かそこらだと思う。
だが、今まで何もしてなかった船室の中での一時時間よりも、この少女との短い会話のほうがどれだけ長く、どれだけ楽しかったことだろう。
「お兄さんはあの島に何しに行くの?」
「・・・・・・ちょっと・・・・ね」
「あぁ〜悪いことをしに行くんだ〜」
「あははは、しないしない!ちょっと忘れ物を探しにね」
「忘れ物?」
「うん、ずいぶん前に忘れちゃったからもうないかもしれないけどね。今日がその宝探しの日なんだよね。」
「ふ〜〜ん・・・・・・あたしも手伝ってあげる!」
「君が?」
「うん!こう見えても、ママがどこかやっちゃったのを探すの得意なんだよ♪今日だってそうだもん!」
「そっか〜ありがとう!じゃあもしあの島でもう一度会うことがあったらお願いしようかな?」
「うん!約束〜♪」
「そうだね、はい!約束」
小さな、本当に小さな左手の小指に、自分の小指を絡ませ、小さなそしてとても大きな約束を僕は海の上でした。
「・・・・ちゃ〜〜ん、何処なの〜?」
階段の出入り口の所から、一人の女性が大きな声で叫んでいる
「あ、ママだ!!ママ〜〜〜〜!!」
少女は元気に立ち上がると、お尻をパンパンと叩いて母親の元へと走り出した
あの人がこの子のお母さんか・・・
光が眩しくてよく見えないな
母親の元へかけよる少女の後姿を眺めながら、僕はゆっくりと壁に背をもたれかけさせ、到着までの「暇」な時間を眠りに費やそうとした
「お兄さ〜〜〜ん!」
少女の大きな声が再び意識を呼び戻す
「忘れ物、見つかるといいね!」
両手を口元にもっていき、これでもかといわんばかりの大きな声だ。
恥ずかしいという思いは無かった
「ありがとう!必ず見つけるよ!!」
少女に軽く手を振った
「バイバ〜〜〜イ♪・・・・・キャッ!!」
両手を大きく振り上げて手を振った少女の麦藁帽子が風に吹き飛ばされそうになり、慌ててお母さんが両手で押さえた
「もう、この子は!!」
そんな事を言ってるのだろう。母親に向けてペロっと出した少女の舌が、決して怒ってはいないことを教えてくれた
母親に会釈をされたので、座りながらも軽く会釈を返した
手をつなぎ、ゆっくりと階段を下りていく二人の姿が見えなくなるまで、僕はずっと眺めていた
「ん・・・・・・・・・・・・んぁ〜〜〜〜〜・・・・・」
また大きく伸びをした。
もう笑い声は聞こえてこない
「もうすぐ到着か・・・」
小さかった島の姿が、もう見上げるほどにまで近くなってきていた
「さて、宝探しでもしますかね」
小さなバッグを肩にかけ、僕はゆっくりと腰をあげた
「ねぇ、さっきの人はだ〜れ?」
「ん?おにいさんのこと?」
「おにいさん?」
「うん!とっても面白い人だったよ♪」
「そう、良かったわね!でもね、知らない人に勝手に着いて行っちゃダメでしょ!」
「は〜い♪」
「全くもう、本当にわかったのかなぁ〜」
「なんかね〜忘れ物したからそれを探しに行くって言ってたよ」
「忘れ物?」
「うん!だいぶ前に忘れたからもうないかもって言ってたけど今日探す日なんだって」
「忘れ物・・・・・・」
母親はふと何かを思い出したように少女の手を取り、階段を駆け上がった
「ママ、痛いよ!どうしたの??」
「はぁ・・はぁ・・・」
男が先程までいた場所を見渡したが、もう姿は何処にも無かった
「ま、まさかね・・・・」
「ママ、どうしたの?」
「えっ?あ、あのね、一言お礼を言わなくちゃって・・・」
「あ〜そうだ。でも、お兄さんも同じ島に行くんだからきっと会えるかも〜♪」
「そうね・・・・もしいたら教えてくれる?」
「うん!!」
「ふふっ、いい子ね〜。よしっ!じゃあママが特別にいいものあげちゃう!!」
「え?何?何〜〜??」
母親は髪の毛をかきあげて手を後ろに回した
そして少女の長い髪を優しく束ねながら、ゆっくりと自らが絶えず身に着けていたものを少女に与えた
「ママ?これ、いいの??とっても大切なものだって」
「大切なものよ。だからこそ、今一番大切な人にあげたいの」
「ママ・・・・ありがとう!すっごく嬉しい!!」
「大事にしてね」
「うん!かっわいい〜♪ママ、大好きーーー!」
「キャッ、この子ったら!」
少女は思いっきり母親に抱きついた
『え〜お降りのお客様にご案内申し上げます。ただ今、降り口が少々混み合っております。停泊時間は十分にございますので、どうぞゆっくりとお降りくださいますよう、ご協力お願い申し上げます』
「あら?混んでるみたい。じゃあもうちょっとここにいましょうね」
「うん!さっきのお兄さんはもう降りちゃったかな〜」
「かな?」
「もしかして、お兄さんの忘れ物ってママの忘れ物と同じだったりして」
「アハハ、そうかもね。さ、空いたみたいだから行こうね♪」
「うん!」
小さな右手を母親に握られて、少女は出口へと向かって歩き出した
先程、約束を交わした左手で、母親にもらった大切なものを大事そうに、そして嬉しそうに握り締めながら
小さないちごのペンダントを
完