the last of ICHIGO - Mr.名無し 様
「ありがとう。淳平くん。キミに見送られて旅立てる事、本当に幸せだって思う。」
つかさは淳平の目を見据えたまま後向きに歩きだして最後の言葉を伝えた。
「向こうに着いたらもう、あたし、彼女じゃないから、電話もしないし、手紙も書かないし、淳平くんの事もなるべく考えないようにするから!」
「待てよ西野っ!」
「動いちゃダメ!あたしももう振り向かないから淳平くんもこのまま帰って!これからはお互いそれぞれの未来に向けて頑張ろう……。」
―振り向かない
どんな形であれ出会いがあれば必ず別れは来るし
あたしと淳平くんにもその時期が訪れただけ
それにいつかまた会えるよ
お互い成長したときにきっと―
(だけど…
だけどもう一度だけ、
キミの姿を目に焼き付けておきたくて…。)
でもそこには一番大好きな顔が思いがけず近くにあった。
「!!なっ…まさかずっとついてきたの?」
「に、西野だって絶対振り向かないって言ったくせに!」
つかさは思わず淳平に抱きついた…
「会えるよね?またいつかあたし達出会えるよね?」
つかさの視界は涙で霞んでいたのかもしれない。
「もちろんだよ!…それより、なんつーか、他人の目が…」
「次に会う時はもっと私の事ワクワクさせてくれる淳平くんになっててね!」
―またいつかきっと…
―そしてつかさは大好きな人の残り香と思い出を胸に淳平の視界から消えていった。。。
(淳平くん…中学の鉄棒で告白してくれたきみを思い出したよ。
キミはいつも真っすぐに夢を語っていた。
そんなキミに出会えたから今の私がいる。
キミに出会わなければこんな辛い別れも無かったのかもしれない。
でも、キミと出会えたから楽しいことも辛いことも沢山学んだ今の私がいる。
それにわたしの夢も…
すれ違いばかりだったけど、
ワクワクさせてくれたキミといつまでも一緒に居たいけど、
今は少し、休憩。
キミが見つけてくれたわたしの夢、キミが目指す君だけの夢。
それを叶えるための休憩だよね?
私、絶対素晴らしいパティシェになって帰ってくるから!
淳平くんも絶対素晴らしい映画作って待っててね。
でもその時は、ちゃんと手を繋いで。
もう二度とキミと離れないように…。
淳平くん…
水族館でのデートの途中
駆け出してキミと同じように初めて告白したあの日
あたしはキミとずっと一緒に居たいって思った。
思えば桜学に行ったのは間違いだったかもしれない。
そうすればキミと同じ高校でキミの夢に巻き込まれたあたしが居たはずなのに…。
正直、東城さんが羨ましくてしょうがなかった。
あたしの居ない所で…
キミと思い出を作れる東城さんが。
淳平くん…
キミの声が好き。
何処か優しいキミの声が今も耳に残ってる…。
帰国したらまた聞かせて欲しいな。キミの歌声を…。
淳平くん…淳平くん!)
飛行機の中でつかさは淳平の夢を見て、
知らず知らずに泣いていた。
(もう!なるべく考えないようにするつもりだったのに…。
涙を拭うあたしの手…。
本当はキミの役割なんだから…!)
月日は経ち、四年後…
フランスのパリ郊外のとあるケーキ屋…
「ありがとうございました!日暮さん!」
「いやいや、キミの努力には感服したよ!これほどまで腕を短期間に上げるとは!もうキミは一人前のパティシェだよ!」
「四年間もありがとうございました!」
「早くそれを見せたい人がいるんだろ!…はい!じゃ、早速写真撮るか!さっ、みんな集まってくれ!…はい、チーズ!」
(…淳平くん!あたしの夢、叶ったよ!
キミと出会ったから、一緒に歩いたから、見つかった夢。
今度帰ったら、またキミと一緒に歩けるのかな?
今度は同じ目線で。
日本に帰ったら…キミの隣に誰がいるんだろう?
もし誰も居なかったら…
淳平君の隣に居るのは…
私だったら…いいな。
だけど、
キミの夢が叶うまで
今度はあたしがキミを支えてあげる。
この四年間、あたしがキミとの思い出に支えられたように…
これからもずっと、ずっと…。)
ある春の日の正午、俺あてにエアメールが届いた。
宛先は…
フランスからだった。
封を切ると、
写真と手紙があり、
大柄な男のなかにまじって、
可憐ではじけるような笑顔の女の子。
その手には…
その手にはオレの知らない外国語で書かれている何かの賞状を手にしていた。
手紙には
(−久しぶり!淳平くん!元気してる?
私、やっとフランスでのお菓子作りの修業が終わったんだぁ!
で、
9月15日に帰国が決まったの!
話したい事はたくさんあるけど、今は内緒!
時間合ったらお迎えよろしく! つかさ)
相変わらずのマイペースだ。
と思いつつオレは静かに手紙を戻した…。
(約束15分前か…
ちょっとはやく来過ぎたかな?
でももうすぐ…、
もうすぐで会えるから…)
「えらい!約束15分前行動!」
「再会の第一声がそれ?」
「じゃあ…大人っぽくなったね。淳平くん。」
「送った映画見てくれた?」
「うん!とってもいい作品だったよ。」
「それじゃ質問。
白紙に戻した関係だけど、
もう一度、俺と付き合ってくれますか?」
「…そうだね。もう一度私をワクワクさせてくれる?」
「淳平は手にしていたビデオを置き、
あの頃とは違う…
頼もしい体でつかさを抱き抱えた。
「ちょっと!淳平くん!」
「見せたいものがあるんだ。」
淳平はどんどんと進んでいき、
そしてテアトル泉坂の中へ入っていった。
「ここにあるんだ。」
「ここって…淳平くんの…」
淳平がみせたかったもの
−それはつかさとの関係を白紙に戻した後に作った映画だった。
内容は、別れの兆しを感じるカップルの物語。
しかし、彼女が原因不明の難病にかかる。
現代医学では治療不可な難病…
二度と手に入らないもの。
かけがえのない関係。
なくなりかけて初めて気がつくもの…。
そんな大切なものに気づき余命を生きた二人の物語だった…。
つかさにはどことなく、いつかの二人に重なる気がした…。
(淳平くん…)
つかさの目から一筋の雫が滴れ落ちた。
そんな涙を隠そうとつかさは窓へ目をやった。
東から昇った太陽もいつしか西へ傾いていた。
時刻は空を夕焼けに染めていた。
「えーと、どうだったかな?」
映写機をまわしていた淳平が恥ずかしそうに入ってきた。
つかさは何も喋らない。
「…感想、言いたいから耳、貸して。」
「そんなの、言えばいいんじゃ…」
「もぅ!早く!」
つかさに迫られて淳平はつかさの横に座った。
その刹那、
白く冷たく柔らかいつかさの手が淳平の顔をとらえ、
紅く温かく柔らかいつかさの唇が淳平の唇と重なった。
「…!!!」
それはお互い何年も忘れていたような感触で、
四年前のあの頃の記憶が蘇ってきた。
……四年前は伝えられなかった想いが今は自然に流れ出てくる。
つかさの舌が淳平の中へと滑り込んでいく。
四年間の隙間を埋めるように二人は求め合う。
「んんっ!あっ…!!!!へへっ!やっぱ恥ずかしい!けど、これ
が四年をフランスで過ごしたわたしから淳平くんへの気持ち!」
「…俺さ、この映画作りながら思ったんだ。俺の夢が叶ったら西野を迎えに行くって。だから…」
淳平が全てを言い終わる前につかさは話し始めた。
「実はさ、フランスでチョコ作ってきたんだ!修業の成果、淳平くんに確かめてもらいたくて!」
そう言ってつかさはカバンからキレイに出来上がったチョコを差し出した。
それをつかさは一つ手に取り、淳平の口に運んだ。
「高2のバレンタインの時と同じチョコなんだけど、淳平くんには私の気持ち、あの日以上に伝わった?」
それはやさしい香りとともにあの日土管のなかで過ごした日々を淳平の記憶へ呼び起こした。
「うん…。西野、フランスで相当腕を上げたんだな!」
「腕が上がっただけじゃないよ!
そのチョコには淳平くんへの気持ちがいっぱい、いっぱい詰まってるもん!
私がパティシェを目指そうと思った時に食べたケーキみたいに気持ちがこもったお菓子を、淳平君に出会えたからわたしも作れるようになったんだ!」
外へ出ると九月の風は冷たかった。
海の見えるレストランに入って洋食を食べる。
「西野はもう、洋食なんて食べあきちゃってるかもな?」
「ううん、こんなにおいしいご飯食べたの久しぶりだよ。昔うちで二人でご飯食べた時以来かな?」
つかさの笑顔は四年前と少しも変わらない屈託のない笑顔だった。
レストランを出た二人は手を繋いで四年ぶりの散歩をしていた。
「ねぇ、待って。止まって。」
と、西野。
「えっ?」
「もう、16日になる。淳平くんと同い年だ!!」
ピッという電子音と同時に携帯の時計は数字を繰り上げた。
「おめでとう。西野。」
そう言って淳平はポケットから綺麗な指輪を取り出した。
「綺麗…ありがとう。淳平くん。でもあと一つだけ。もっと欲しいものがあるの。」
「えっ?」
一瞬淳平の顔が凍り付く。
(まさか、欲しいものが別にあった?)
「あたしね、欲張りだから…淳平くん…淳平くんが欲しい!もう淳平くんを離したくないの!」
「西野…。」
四年間変わる事のなかった西野の愛が溢れ出た瞬間だった。
その日、二人は忘れていた愛を確かめるように一つになった…。
何度も何度も互いを確かめるように。
月日は流れ…
公立高校の合格発表の日だった。
通学路にあった並木の桜のつぼみはほころびかけていた。
そんな日の朝、
「こらっ!淳平!起きろ!今日から撮影だろ?」
あの頃のように元気な声と間の抜けた声が響く。
「わー!!!そうだった!」
忙しくも幸せなよくありそうな朝のワンシーン。
「…それじゃあ、行ってくる!」
「あっ!待って!淳平君!」
つかさは背伸びし、淳平の頬にキスをした。
「!!!行ってくる!」
淳平は恥ずかしそうに青空の下に飛び出した。
表札には真中淳平・つかさと書かれていた。
その秋、一本の映画がアカデミー賞をとった。
タイトルは―「石の巨人」。
(脚本家は東城さんで、監督は…淳平君だった。
世間では弱冠22歳の天才監督!なんて騒がれてる。
…はぁ〜、いつになっても東城さんにかなわないなぁ。。。
高校を別々にしても、いくら一緒になっても
東城さんはいつもよりも淳平君に近かった。
辛かったのに、一緒に居てって言いたかったのに、
淳平君のそばにはいつも東城さんがちらついていた。
だけど、
今は淳平君を信じてるし、
淳平君、言ってた。
「ただのいい仕事仲間だよ。」って!わたしを選んでくれたんだ。
だから今はおめでとう!って心から言える。
ちゃんと高校三年の夏の映画も見ることが出来る。
淳平君、見せたがってたもんね。
だって…だって四年間で見違えるように逞しく、
かっこ良く、
私をもっとワクワクさせてくれる淳平君が出してくれた答えは、
私だったから…。
淳平くん!これからも色々あるだろうけど、
これからも、ずっとずっと一緒にいようね…!
わたしと淳平君との二人だけの道は続いていく。
ずっとずっと…。
あっ!でもあとちょっとしたら、三人になるね!
でも、これはまだわたしだけの秘密!
淳平君との愛の結晶がわたしの中に確かにいるんだ!
それがわたしが淳平君を信じていける証でもあるんだから!
ちゃんとわたしと淳平君とわたしの愛の結晶を守ってね!パパ!)
END