そして僕にできること プロローグ  - Joker 様





-メールを受信しました-

件名:久しぶり(5月3日11時24分)

久しぶりだな真中
元気にしてるか?
俺はボチボチだよ
先週から夏休みに入って暇してるんだ
もしお前の都合がよければ久しぶりに集まって海に行かないか?
できれば来週辺りにしようと思ってるんだ
お前も都合が良かったら返事くれよな
俺の知り合いのかわいい子も呼ぶから期待してくれよ
そんじゃいい返事待ってるぜ

外村




1年ぶりに外村から送られてきたメール
正直あまり乗り気はしなかった
確かに先週から休みに入った俺は特にすることも無かった
でもここで気を緩めたらいけないんだ
がむしゃらにやってきてやっと仕事に集中できるようになったんだ

俺は今建設会社に就職して毎日汗水流しながら働いてる
建設会社と言っても小さな会社だ
実際のところ俺は現場での肉体労働ばかりだ
典型的なもやしっ子だった俺にとって肉体労働なんか始めのうちは地獄のようだった
でも3年もやってればいい加減慣れる
体格も以前とは比べ物にならないぐらいガッシリしている
今では現場でも結構位の高いポジションについている
実際に何人もの部下を率いて仕事をしている
入社当時からじゃ考えられないな

でもたまには息抜きも必要だと社長に言われているから少し考えてみることにした
あいつは今日本最高学府の大学に通っている
大学3年生
『将来アイドルビジネス界を牛耳るため』と冗談かと思ってたら本当に受かりやがった
2年の秋からはさすがに忙しくなったのかメールもご無沙汰になった
同じ街に住んでいるってのにやはり社会人と学生じゃスケジュールが会わなくもうかれこれ2年近くも会ってない
そもそも日本最高学府に通ってるやつとそこらの小さい建設会社に通ってる俺とじゃ釣り合わなくなってるな



俺は『考えておく』と書いて返信してよく利用している定食屋から出た
今日は久しぶりに街をぶらつこうと以前から予定していた
ぶらつくと言っても行くところは限られている

パチンコ、麻雀、立ち読み

実に無趣味な人間になったものだと自嘲してしまった
昔は映像という情熱を燃やせる趣味もあったが、今では思い出したくも無い忌まわしい記憶だ
その記憶から逃れるため酒やタバコを始めた
仕事場の上司に誘われてパチンコや麻雀などギャンブルも始めた
始めのうちはこんなことに逃げている自分に嫌気がしてたが、今では嫌気も感じなくなりそれも日常となった

休みができれば普段仕事場以外の人間とあまり関わりを持たないようにしている俺には、これ以外のことなんか滅多にしない
高校時代の仲間もみんな大学に通ってたりで休みも合わなくなった今、連絡すら取ってない疎遠状態だ
メールぐらいならできるけど、俺にはとてもじゃないとそんなことはできない状況に陥ってた
もっとも今でもしたいとは思えない
あの忌まわしき思い出がまた鮮明になってしまうのなら俺は独りになる方を選ぶと決めたんだ

なのにあいつは、外村だけは俺のこといつまでも気にかけていた
正直鬱陶しかった
あの全てが順調に行ってるあいつが憎かった
全てを失った俺をあいつはあざ笑っているように見えて耐えられなかった
あの悩みもなさそうなニヤケ面を殴り倒して腫れ顔にしてやりたいとすら思った時もあった
ある時あいつが俺の家に来たとき、実際に殴ったこともあった
工事現場で鍛えられた肉体で普段から鍛えてなんかいない学生を殴った
次来たら殴り倒してやろうと思っていたら本当に殴ってしまった
でも今となってはそのお節介と友達想いの馬鹿さがいつ折れるかもわからない俺の心を支えてくれてたんだと思える
俺がこんなになってしまった理由を知っているからか、自ら憎まれ役を買って俺に目標を持たせたんだと

次来たら追い返してやる
次来たら殴ってやる
次来たら・・・

日本最高学府の大学に入る頭脳を持ってるやつがプライドを捨ててこんな不器用な真似をして荒れてた俺を正してくれた
だから外村には感謝してる
俺がこうなった理由を知る当事者の中で唯一心を許せる存在だ



今はいつも立ち読みに来る書店の中にいる
いつも特に当ても無く適当に週刊誌を読んだりしている
しかし今日は特に読む雑誌もなかったから何か面白そうなものはないか探してみることにした
そしてある雑誌が映った
なんでこんなものに目が行ったのか不思議に思ったが合点が着いた

月刊ビデオワーク

その瞬間俺は激しい眩暈と吐き気に襲われた
涙も流れてきて止まらない
その雑誌の表紙



特集!高校映像コンクール界に衝撃を与えたあの作品を徹底解析!
第○回高校生映像コンクール最優秀賞作
泉坂高校映像研究部
『君と過ごしたあの夏』



トロフィーと賞状を持つ俺とみんなの写真
みんなが満面の笑顔で写っている
そこには当然彼女の姿も写っている

俺には彼女に会う資格が無い
勘違いから始まった恋
でも時が経つにつれ本当の恋に変わった
全てが順調に行ってた
しかしある日ささいな出来事の所為で全てが狂った
今日からちょうど3年前の5月3日
『俺と彼女』の時が止まった
『俺』の時間は今も動いてる
しかし『彼女』の時は今もまだ3年前のあの時のまま
全ては偶然だったと俺の周りの人間は言う
しかし俺は偶然ではなく俺が招いてしまった因果だとちゃんと理解している
きっと周りもみんな俺の所為だと思ってるだろうけどそうとは言わない
とてもつらかった
毎日夢でうなされた
何度も何度も何度も何度も
まるで俺が犯した罪を罰するかのように繰り返す悪夢
彼女の名を叫びながら夢から覚めると俺は泣いている
誰が押したわけでもない俺が一生背負わないといけない烙印
俺はその烙印がある限り悪夢からは開放されることはないのだろう
今では以前より頻度は少なくなった
しかし時々襲ってくる悪夢
そのたびに思い出してしまう
忘れようとした
犯した過ちから逃げるために酒やタバコに逃げた
でも忘れることなんかできない
彼女の笑顔は忘れるはずが無い
その彼女の笑顔が今目の前の雑誌に写っている
今でも鮮明に残ってる
俺の大好きな人



西野つかさ




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